接客業はつらいよ! あけすけビッチかんどー日記!

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自己表現をすることが恥ずかしいと感じる理由とその克服方法

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「型にはまる」という言葉は、あまり良い意味にとられないことが多い。自分らしさを捨ててしまっているとか、言われた通りのことをしているとか、そういう意味で使われることが多い言葉だ。

 

しかし、一方で「型」を覚えなければ前に進めない世界がある。

 

華道の世界もそうであったし、空手もそうだ。意外なことに、文章にも音楽にも「決まった型」のようなものは存在している。

 

 

わたしは二年ほど華道を習っていたことがあるのだが、最初の一年はいつも同じようなかたちに花を活けねばならず、なかなか大変であった。もっと自由に、フラワーアレンジメントのようにやれると思っていたが、甘くなかった。

 

しかし、地道に習い続けていると、ぱっと道が拓けてくるときがある。家元のように手早く毎回確実にはできないけれど、ほんの何度か、花の向きも角度も、最善と思われる状態に活けることができた。その瞬間、わたしは誰とも共有することのない、花と自分だけの小さな世界で、確かなよろこびを手に入れていた。

 

 

……たしか、華道を習っていたのは28歳の頃。この頃からだろうか。物事には「型」があり、それを学ぶところから入るのも悪くないよと思えた。

 

それまで適当にしていたスポーツクラブのエアロビクスも、ヨガも、全部「専門の人から型を教わってする」ようにした。そうするとみるみる体が変わっていき、難易度の高い動きもできるようになることに気づいた。そうか。型を覚えればいいのか。

 

 

その後、わたしは「型を覚えていく過程」を楽しむ時期に突入した。とにかく、型を覚えるまでその趣味を続けるのである。趣味というのは何事も、ある一点踏み越える瞬間が一番おもしろい。ロードバイクに乗ることも、100キロ走れるようになってレースに出るまでが一番面白かった。ランニングも、フルマラソンを完走するまでが最高に楽しかった。

 

 

いろんなことに手をつけているわたしだが、実はとても苦手なことがある。

 

それは、「自己表現」である。

 

こんだけブログで文章書いてて何言ってんだと言われるかもしれないが、実は文章を書くことは、自己表現の中では比較的、恥ずかしさを感じない種類のものだとわたしは思っている。

 

わたしは若いころクラブシンガーをしていたが、自作の曲を人前で歌うことは出来なかった。恥ずかしかったからだ。今でも自作の歌は脳幹にこびりついているが、口ずさむだけで地球の裏側まで穴を掘って埋まってしまいたい気持ちになる。

 

なぜ、自作の文章は恥ずかしくないのに、歌は恥ずかしいのだろうか?

 

わたしは今現在、ギターを弾いていて、弾き語りの練習をしているのだが、時折ふっと自分の思ったことをそのまま歌うことがある。どこにも残さないし、その瞬間、部屋の中にその音と言葉が満ちればそれで満足する。ああー気持ち良かったと思える。ふふっと笑いながら歌っていることもある。

 

しかし、これを人前でやれと言われたら、たぶんできないと思う。

 

理由は、わたしがまだギターの「型」を覚えていないから。いわゆるコード進行のいろはを覚えていないことが、きっと恥ずかしいのだ。

 

 

今さらだが、わたしは文章を書くための講座に(3回だけだけど)通ったこともあるし、文章を書くための本も何冊も読んでいる。ミステリーのトリックを書くための本も読んだし、起承転結をつけた面白いエッセイの書き方なんかも勉強した。

 

つまり、わたしは文章については、ある程度「人前に出しても恥ずかしくないものが書ける」と思っている。もちろん、プロ級ではなく、「さらっと書いて人に読んでもらう文章」という意味でだ。

 

 

 

わたしはこれから弾き語りをする際、好きな曲、人気の曲、自分に合った曲を歌うと同時に、できるなら自作の曲を歌いたい。しかし、恥ずかしい。

 

でも一晩考えたら答えは出た。

 

「まずは型を覚えるまで練習。そんなに時間はかからない。型を覚えたらシンプルな曲をいくつか作ってみる。複雑なことや自分らしさを出すのはそれから」

 

ブログの文章だって、最初はシンプルにスタートした。今みたいに「わたしらしい言い回し」とかは何もなかった。だけど毎日書いていくうちに、勉強の仕方もわかったし、自然と「自分らしさ」も出てきた。無個性なように見えるかもしれないが、わたしの文章にはわたしなりの色があると思っている。

 

まあ、書いている本人がよく行動する人間なので、毎日の日記を書いているだけでそこそこ動きのあるブログになっている、というのが実際のところだけれども。

 

 

長くなったが、自己表現で「恥ずかしい」の壁にぶち当たったら、「型」を地道に学びつつ、やりたいように気楽にやればいいのだ。

 

このブログも「文才がない」と言われ続けている。そうだね、無いかもしれない。でも毎日書いていて疲れないし楽しい。楽しいということは、楽しめる才能はあるのだと思っている。たとえ文才がなかったとしても、書き続けているわたしはスゴイ! と自分で自分をほめることができる。

 

音楽も、これと同じで気楽にやろうと思った。

 

最初は何やったって恥ずかしいだろう。弾き語りの動画一つアップするのだって、ものすごく恥ずかしかった。でも、自分にとって練習の良いアクセントになってくれた。

 

そのうちしれっと自作の歌をアップしよっと。

 

弾き語り カバー 「〇〇」って書いとけばわからん気がするwww

 

 

夜更新でした!