接客業はつらいよ! 人生はチキンレース! あけすけビッチかんどー日記!

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【寄稿:ゆきぼう】心が壊れ、自分を壊そうとしたあの日。

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こんにちは。今日の寄稿は2015年~はてなを席捲していたあのブロガー。

 

 

ゆきぼうです。

 

 

以下、寄稿記事です。

 

 

 

★★★

 

 

 

心が壊れ、自分を壊そうとしたあの日。

 

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心の病。

 

自分はそうである事を認めたくなかった。

 

医者の診断では鬱病である事を告げられてはいたが、心のどこかで「実はそうではないんじゃないか。自分はサボっているだけなんじゃないのか?」と思っていて、家族に「病気なんだから仕方ないんだよ」と言われても、どうしてもその言葉を素直に受け入れることが出来ずにいた。

 

以前にはてなでブログを運営していたときも、「自分は鬱だ」と散々書いていたにも関わらず、自分自身はそうである事を頑なに拒否していたのだ。

 

そんな「心のねじれ」状態のまま2年近くの月日が経過して、知らず知らずのうちに自分の心はすり減っていった。しかも、その事に自分自身は気がついておらず、結果的に周囲に悪影響を及ぼし始め、それに気がついた時には落胆し、さらなる自己省察の闇に落ちていった。

 

心がそんな状態だと、次第に身体への影響も出てくる。起き上がれなかったり、立っている事が出来なかったり、夜に睡眠薬を飲んでいるにも関わらず、深い眠りに入れなかったりした。そして、事態がさらなる悪化の兆しを見せ始めたのは2017年の3月。食事がまともに摂れなくなったのだ。

 

初めは、胃が弱っているから重いものを食べられなくなっただけなんだと思っていた。だが、2箇所の医者からもらった薬を飲んでも全く回復しない。それどころか、食べては吐き食べては吐きを繰り返し、喉が胃液で荒れ放題になった。

 

そして、症状は更に悪化し、食事自体を拒否するようになった。具体的に言うと、食事の時間になると体がとんでもなくダルくなり、座っている事すら困難になった。さらに、どうにかして食べようと箸を持ってみても、その箸がすごく重い物のように感じて、持ち上げる事が出来なかったのだ。

何とかして食べたとしても、結局は気持ちが悪くなって吐いてしまう。そうやってまともに栄養を摂取できないと、口内炎が出来たり、口内が痺れて感覚がなくなり、ものを食べても美味しく感じなくなった。

 

体力はどんどん落ちていき、娘と遊んであげる事も、妻のアシストをすることも叶わなくなる。日々無力感に苛まれ、それが自分への怒りに変わり、知らず知らずのうちに周囲に振りまくようになっていた。

 

 

「鬱は甘え」と考える人もいるだろうし、近しい人から、直接ではないものの言われた事はある。自分でもそうなのかと思っていた時期もあり、こんな事では駄目だと言い聞かせ、治っていないにも関わらず会社に復帰しようとした事が3回あった。だが、結局完治したわけではないので、心か体のどちらかが拒否し、また自宅療養する羽目になった。

気合や根性ではコントロールできない… なぜならこれは病気なのだから。

それを悟ったのは、もはや会社の休職可能期間が1年とちょっとしか残っていない、2017年の春先だった。

自分に対する無力感、家族に対する罪悪感、病気であるという事を認めてしまった絶望感。普通の心の持ち主であればそこまで深刻に考えないのかもしれないが、ただでさえ心がヒビだらけになっていた自分にしてみれば、それらの要素は脆弱な心に楔を打ち込み、そのヒビを大きな亀裂へと変えるのに十分だった。

 

とある神話体系では、封印された邪悪な神の意識が僅かに外界に漏れ出した時、感受性の強い人間が悪夢を見たり精神障害に陥ったりするという。そして、彼らはやがて眠る事を拒否し始め、自ら命を絶つことでその苦しみから逃れようとするのだ。

 

自分も、2017年の初夏あたりから毎晩悪夢に苦しめられるようになった。

大抵の場合は、何か恐ろしいものから逃げていたり、顔見知りかそうでないかに関わらず、その人達の前で取り返しのつかない間違いを犯して叱責されたりするものだった。

やがて、夢の内容は変化していき、家族に尋常ではない怒りをぶつけたり、逆に苛烈な拷問を課され、うなされて目が覚めたにも関わらず、手足に痛みのような感覚が残っているという気味の悪い状況が続いた。

 

数ヶ月の間ずっとそれが続くと、前述の神話のように眠るのが怖くなってくる。睡眠薬を増やしてもらって深く眠れるようになっているはずなのだが、夜中の3時や4時に恐ろしい夢で飛び起きて、そのまま震えながら起きている事しか出来ない。

だんだん夢と現実の区別がつかなくなってきて、妻に話した事が夢だったのか現実だったのかわからなくなっていき、幻覚や幻聴に悩まされ始め、外界からの情報を受け付けなくなり、本当は自分の状態を他人に知ってほしいのに、それを愛する妻にさえ伝えてはならないと考え始めた。

 

そして、自分はTwitterで日本語を使うのを辞めた。

 

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もし、自分が間違った道を選んだ時に、記録だけは残しておきたい。なのでTwitterには呟くが、使用する言語はエスペラント語にした。1887年にルドヴィコ・ザメンホフによって作られた人工言語だ。

 

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そうやってすべてを自分に閉じ込めると、どんどん負の感情が溜まっていく。誰も傷つけたくないと願いながらも、気がつけば刺々しい態度を取り、勝手に落胆し、そしてさらに自分の中に閉じこもっていった。

 

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負の感情は、自分の中の「生きる」という事象を否定し始める。何も生み出せず、ただ存在するだけで迷惑をかけ続ける自分を、そこにいてはいけないのだから、早く消え去ってしまえと囁き続ける。

 

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そして、普通の人間からすればどうでもいい出来事が、決定的に自分の存在を否定する。それが何なのかはさすがに自分だけの話ではないので書き記す訳にはいかないが、今振り返るとどうでもいい事だった。でも、とにかく当時の自分にはそれが最後の一撃だった。

 

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最後の一言は、絶対にわからないように、エスペラント語とラテン語の組み合わせでごちゃまぜに書く事にした。そして、言葉の通りに終わりにする。今まで何度となく考えてきた事だが、ついに実行する時が来たのだ。

 

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その日、とりあえず日中に身辺整理をする事にした。

衛星放送は解約済みだし、ネット環境は残さなきゃいけない。保険の受取人は妻になっているし、通帳の暗証番号は母に聞けば良いようになっている。Macのパスワードは母の携帯と同じ番号に変え、iPadのボイスメモに数十分に渡って、各方面と家族に対する感謝と謝罪の言葉を録音した。

 

自分を終わらせる方法としては色々考えられるが、なるべく迷惑にかからない方法を選びたかった。飛び降りは確実さを見込める建物が近くにないし、電車や自動車は多方面に迷惑がかかるし、リストカットは失敗する可能性が高いし、失踪しても捜索とかで迷惑がかかるし…と、なかなかいい案が思いつかなかったので、原始的な方法で自分を痛めつけることにした。

 

 

娘のおもちゃに、木製の、だがかなり重いものがあった。いつも娘が無理やり運んできて、足に落とさないかヒヤヒヤしていたが、これを自分に向かって振り下ろしてみた。

ガツン…!と鈍い音がして、鋭くて重い痛みが頭の中を駆け巡る。だが、不思議と辛くはなかった。続いて一撃、さらに一撃… 何度も何度も殴りつける部位を変えて、柔らかいところも硬いところも徹底的に痛めつけた。

だが、人間の頭蓋骨は思いのほか丈夫に出来ていて、何度この玩具を振り下ろしても壊れてはくれなかった。

 

一つだけわかったのは、絶対に死ぬと決めてしまうと、こういう痛みすら快感に変わり、その後のジンジンした状態は心地よさすら感じるという事だ。そして、自分を破壊してくれなかったおもちゃには「お前も大したことないな…」と哀れみの目を向けさえした。

 

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その日の夜、殴って死ぬのは無理があるとわかったので、もっと確実な方法を考えた。それは睡眠薬を使う方法だ。

最近、睡眠薬を飲んでもうまく眠れないことが多い。なので、その日は睡眠薬を飲まずに徹夜をして、翌日の昼間、誰もいない環境でお風呂にお湯を貯め、ありったけの睡眠薬を飲んで、お湯に顔が触れるか触れないかの姿勢で薬が効いてくるのを待つ。そうすれば、自然に溺れることが出来る。

 

妻には、はてなブログの予約投稿を使って、仕事が終わったタイミングを狙って「家に帰ってきて欲しい」というエントリを上げて、嫌な予感を感じてもらう。さらにテーブルの上に置いてある遺書を見てもらって、お風呂に来てもらう。回りくどい方法だが、ニ段階のクッションを置くことで、少しでもショックを和らげたかった。

 

妻、娘、母、そして自分に関係する人たちを裏切ってまで命を絶ちたい。勿論家族の事は心の底から愛している。かけがえのない存在だ。だが、その愛の心地よさよりも、この世の全てから開放されて、どうしても楽になりたい。逃げだという事はわかっているが、そんなことはどうでもいい。何としてでも卒したい。頭の中はもうその一念に支配されていた。

 

計画通りに睡眠薬を飲んだふりをして、妻には上手く眠れないからリビングに行ってると告げ、外をボーっと見ていた。朝までまだ4時間以上ある。もう準備は整っている。やる事はない。ただ、降り続ける雨を眺めていた。

その時、雨を知らせてくれるアプリが、100ミリ超の猛烈な雨が近づいている事を通知してきた。自分は興味を持ち、窓を開けて待っていた。人生の最後に、見た事もないような豪雨を見られる。どうでもいい事なのに、その日の自分はお祭りのようにワクワクした。

 

だが、雨は来なかった。雨雲レーダーでずっと行方を見守っていたものの、近づいてくれば来るほど勢力は弱まっていき、自分の家のあたりに来る頃には20ミリクラスの勢力に低下していた。自分はひどく落胆した。

 

その間に何かブツブツと呟いていたらしく、妻が心配して起きてきた。自分は大丈夫だから寝るように説得し、寝てもらった。その後、妻と娘が寝ているベッドに行き、隅っこに座って暫く眺めていた。最後の寝顔を見るために。

 

空が白んできて、妻が目を覚ます時間が来た。妻は胃をおさえていた。

妻は以前胃痛に悩まされていた。地元の医者に通い、処方された薬をもらって服用していたのだが、まるで治らずにひたすら痛みに耐え続けていた。だが、自分と結婚してこの町に移り住み、評判のいい医者に行ったところ、実はピロリ菌の仕業である事が発覚し、それを撃退する薬を飲んだあとは、ウソのように痛みが消えていた。

だが、その朝は妻が胃をおさえていたのだ。

 

その状態では会社には行けない。動けない妻の代わりに娘を保育園に送っていった後、自分は妻が早く会社に行ってほしいと願っていた。だが、妻は自分の事を心配してくる。胃をおさえてうずくまりながら。

 

暫く横になると告げ、妻は寝転がった。

妻は夜の間、ずっと自分の事が心配でならなかった。嫌な予感もしたと後から聞いた。だからろくに眠れなかったし、ストレスがかかりすぎて、暫く襲われる事のなかった胃の痛みが蘇ってしまったのだ。

 

現在、自分が社会から欠落した状態である為、妻に掛かる負担は非常に重い。

お金に関しては、会社の傷病手当金が貰えているので食っていけない程ではないが、今の自分は飲んでいる薬に多少なりとも睡眠薬の成分が入っているため、長い距離の運転は出来ない。運転は妻に任せっきりだ。

料理も普段は妻が作る。「料理が好きだから食べてもらいたい」という事で、調理師免許を持っている自分の出番は殆どなかった。つまり、我が家は妻がダウンしてしまえば途端に機能不全に陥ってしまう。その妻が、いま目の前で苦しんでいるのだ。夫である自分が寝られなかった事を心配しただけで。

 

途端に自分が死のうとしていた事に忸怩とした思いが湧き上がってきて、強烈な自己嫌悪に駆られた。全ての計画がただの自分勝手だったという、至極当たり前の事に気が付き、妻が目覚めるのをひたすら待ち続けた。そして、妻が「ちょっとマシになってきたから会社に行ってくる」といって、着替えを始めた。それほど時間がかからずに準備が終わり、いつもと同じように会社に行ってくると自分に言った。自分にはどうしても言わなければならない事があるが、時間がないのでいま全てを話すのは不可能だった。

 

「とても大切な話があるんだ」

「なに?」

「帰ったら話すよ」

「?」

「ママにとっても嬉しい話だと思うよ…」

 

そして妻は会社に行った。

死ぬのはやめよう… そう思った途端に猛烈な痛みが自分を襲った。昨日はあれだけ心地よかった頭の痛みが、いまでは本来の力で自分を苦しめ始めた。

痛みと同時に息苦しくもなり、さらに頭が膨らんでいくような感覚が出始める。しばらくすると眠気も感じ始めたが、今度は別の意味で眠るのが怖くなってきた。

 

「いま寝てしまったら、妻にこれからも生きていくと告げる前に死んでしまうかもしれない」

 

あれほど切望していた「死」が、どうしようもなく怖い存在である事をあらためて思い知らされた。あまりにも恐ろしくて涙を流した。「お願いだから殺さないでください。妻に、娘にまた会いたい…!」一人でベッドで号泣しながら、ただひたすら懇願していた。そうやって、どうにかして眠らないでいたいと願っていたのだが、いつの間にか力尽き、16時過ぎに目が覚めた。自分は心の底からホッとして、また涙を流した。「生かしてくれてありがとうございます」と… 

 

妻が帰ってきて、全てを話した。録音した遺言は聞かせなかったが、実質休止していたTumblrに書いた自殺計画を見せた。妻はそっと自分を抱きしめてくれた。こんなどうしようもない人間である自分を、妻は受け入れてくれたのだ。いつも口にしているし、11年前2人で誓ったあの言葉、形はなくとも確かに感じられるあの情動。これこそがそうなんだと、強く、強く感じられた。

 

それは「愛」だ。

 

普通の人間であればどうということもない事に囚われ、絶望し、守るべきものがあるにも関わらずそれら全てを反故にして一人逃げようとした自分を、妻は無限の愛で包んでくれた。

 

これは決して冗談でもなんでもない。

ほんとうに、最後に愛は勝つのである。

 

 

 

 

★★★

 

 

寄稿、ありがとうございます。

 

優しくてたぶん感受性がすごく鋭いゆきぼうさん。それだけに、こんなにたくさんの苦しみを引き受ける人生を送っている。だけどわたしは、ゆきぼうさんが不幸だとは思わないです。人間の幸・不幸って苦しみの量で決まるわけじゃないと思っています。

 

これが、今のゆきぼうさんです。

 

言葉はいらないですね。久しぶりにゆきぼうさんと連絡が取れたのがとても嬉しかったです。やっぱり寄稿企画、やって良かった。

 

 

それじゃあ、また!

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