接客業はつらいよ! あけすけビッチかんどー日記!

昭和のメスの生き残りとして、ぎりぎりまで足掻く35過ぎ、おんな盛り。特技は人を愛することです。継続性はございません。

世の中には遠回りなんてない、だからあなたもあきらめないで

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人生いつも遠回りでした。

 

 

幼い子どものとき、「いちご大福」が食べてみたくて仕方なくて、もう死ぬほどに焦がれたのに。親がほいと買ってきてくれたそれをわたしは「なんで和菓子にイチゴが入っているの? 気持ち悪い!」と言って食べようとしませんでした。親は激怒し(せっかく買ってきてあげたのに! と)、それを捨てました。わたしはゴミ箱からそれを拾って、人生で初めてのいちご大福を食べました。

 

そんな、子どもでした。

 

 

 

わたしは音楽が、歌が大好きでした。幼稚園の時から声が大きかったので、運動会のときに朝礼台の上でマイクを通して「園歌」を歌ったことが一番最初のステージでした。それからもテレビでは音楽番組ばかり見ていて、メジャーな音楽番組より、ニッチなもの。わたしの世代だと「えびす温泉」っていう番組がとても面白くて、それが何よりの楽しみでした。いつかわたしも人前で歌を歌ってみたい……そんなふうに思ったのです。

 

でも、歌の世界は甘くなかった。累計10年くらい好きで、うち6年くらいはボイトレしてきたのですが、とにかく毎日喉の筋トレ、メンテナンスばかりしていた気がします。そうしてやっとつかみとった、自分が歌うことのできるステージ。なのにわたしは人間関係のもつれを自分で大きくして、もう二度と歌の世界に戻れなくなってしまいました。

 

そのときわたしは泣きも笑いもせず、音楽をポイと自分の世界から捨てました。わたしのことをよく知らない人は、わたしのことを「音楽にうとい人」と思っていると思います。だって歌手と言えばロングランの槇原とか斉藤和義とかポルノ、スーパーフライ、そのへんしか知らないんだもん。エグザイルは名前だけ知ってるって感じ。まあ「音楽に興味ない人」って位置付けられちゃうよね。

 

 

斉藤和義が「僕の見たビートルズはテレビの中」「rain」をあのけだるい声で歌っている頃、わたしは音楽に焦がれていた。

 

それから10年もしないうちに、わたしは音楽の世界をすべて捨て去った。洋楽だって結構聴いていたのに。一曲聴く間に聴きとれる情報の量にかけてはけっこう良い耳をつくれたはずなのに。

 

そして今。わたしの右耳は若干難聴で、もはや人並みに音を聴きとることさえ怪しい。

 

 

たまに一人でカラオケに行って発声をしてみる。ぜんぜん歌えてない。我ながらひどい。もともとフラット気味に歌う癖があって、音を上から迎えに行くイメージでピッチを合わせていたんだけど、迎えに行けない。ごまかしのない歌を歌いたいのに、ごまかせる歌ばかり選んでいる。昔みたいに難しい曲に挑戦したいのに、今自分が心地よいことの方を優先している。

 

 

 

でも、これでいいのかなって最近思う。ずいぶん遠回りしてきたけど、今また少しずつ音楽を楽しめるようになってきているのなら、人生単位で考えたらものすごくちょうどいい楽しみ方なんじゃないか……って思ってる。幸いわたしは喉を壊してない。クラブシンガーをしていた時の勝手な自慢だが、わたしは練習にもステージにも穴をあけたことが一度もない。のべ4年くらいしかやってなかったので当然かもしれないが、これはひそかな誇りだ。風邪をひいても、声帯をつかわずにお腹からまっすぐ声を出すようにすると、かすれた声を出さずにまっすぐに歌うことができるんだ。喉のビブラートがかけられなくなるから、歌に細かな色がつけられなくなるけど、BGMとしてのクラブシンガーならそれで乗り切れる。

 

 

あることを人生を賭してやりきった人ってさ、それなりの代償を払うんだよ。歌だって歌い過ぎれば喉に病気ができる。使い過ぎた器官にはそれなりに負荷がかかるようにできてる。

 

何事もほどほどにやるのが一番、というのが医学的には正しいと思う。

 

 

 

わたしは好きなものを好きと言えない性格のまま生きてきた。たぶんこれからもあまり言えない。人生すごく遠回りしてると思う。だけど最終的に好きなものにはどうやったって手が届いてしまう。だってそれが好きだから。

 

へたくそなやり方だって、伝え方だって、思い続けていればいつか好きなものの方からこちらへ歩み寄ってくれることがある。

 

 

遠回りをした方が、好きなものをずっと好きでいられるというメリットがある。

 

 

事実わたしは、もう30年間いちご大福が大好きだ。写真テキトーでごめん。今そういう時期。

 

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今日月曜の朝は早起きして音楽をiPadに取り込んでた。ずっと焦がれたあのアーティストに、聴くのが楽しみなあのアーティスト、ずっと聴いてなかったジャズ。あー澤野工房のお店行って、CD買い戻したい。すっごい聴きたい曲があるんだ。

 

とにかくいろいろをとりあえずiPadに入れて、また楽しみ始めようと思う。

 

音楽を聴く環境がひとつも揃ってないので(まじでyoutubeしか聴くすべがなかった)、これからその環境も少しずつ作ってみたいと思う。携帯用の音楽プレイヤーが欲しいな。あと関係ありそうでないけどMac book airもほしい。

 

 

 

何かがほしい、と本気で思うなんて久しぶりだ。

 

 

わたしはこれがほしい。これが無いと生きていられない。これがそばにないといやだ。そういう強い気持ちが自分の中にまだ残っていたことに驚きである。

 

まったくもって人生は、いつどこで何が起こるかわからない。平坦な人生は、わたしには用意されていないようだ。今世はこのまま波乱万丈に生きて、来世では医者になって「国境なき医師団」に入りたい。わたしが望むのはそれだけだ。

 

 

それじゃあ、またいつか。