接客業はつらいよ! 人生はチキンレース! あけすけビッチかんどー日記!

接客業歴15年のかんどーが綴る、あけすけな日記。人生はチキンレースです。一歩引いた方が負け。たまに小説を書きます。お問い合わせはsaori0118ai2あっとまーくやふーめーるまで。

訛りに関するわたしの考えと少しトラウマ

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わたしが定期的に小野さんの「会津弁」をネタにすることにツッコミが入った!


今日はわたしの「訛り」についての話を書いてみようと思う。ものすごいぐだぐだ書くので、elveの姐さんと訛り関係者さん以外は読まなくて良いかもしれない。


elve.hateblo.jp

 

 

姐さんにわかってほしくて説明する。


まず、わたしは幼少期に転勤族であった。親は東京の人間だったのだが、一時的に福岡に住んでいる、という状態であった。ちょうど言葉を覚えるさかりなので、幼稚園や学校で関わる人たちから「博多弁」がうつる。それがふつうなのに、わたしの母親は「訛りを使うな」という教育方針で、家庭内でも訛りをとても嫌った。


「好きと? じゃないでしょう、好き? でしょう!」
「ランドセルは、からうじゃなくて背負うでしょう!」
「〇〇げな、とか〇〇くさ、なんて東京では通じないのよ!」


そう言われても、わたしの所属する小さな社会では、博多弁がスタンダードなのだ。訛りがうつらないように努力しなさいとか言われても、おなじ言葉を使わずに生きるのはとても難しかった。


わたしはどっちの言葉を使ったら良いのかわからなくなって、クラスメイトに対して一時的に「博多弁を馬鹿にする」ポジションを取ったことがある。母親の言う通りに、東京の人間っぽく振る舞ったのだ。

そうしたら、周りはとても冷たくなった。もともと友達が少なかったのに、そのときは本当に「嫌われ者」の位置で固定された。嫌われ者らしくふるまってやろうじゃんと、音楽室のピアノの鍵を隠したり(音楽の授業が中止になった)、他の生徒が大事に育てたへちまをもいでしまったりした。


問題児だった。毎日がつらかった。楽しいことがなかった。


中学に上がると、今度は茨城県に引っ越した。「よかっぺ!」などのバリバリの訛りのある地域だった。やはり母親は「もうすぐ東京に引っ越すから、訛りがうつらないようにするのよ」と言った。東京に行く話はどうなったのやら、高校もそのまま茨城だった。

わたしは少しだけ器用になっていたので、学校では訛りを使って、自宅では標準語を使うようにしていた。この頃わたしは母親が嫌いだった。地域社会では、なじんだもん勝ちだし、人生は楽しんだ方が良いという考えが芽生え始めていた。



大人になり、自分で住む場所や働く場所が選べるようになった。ある派遣会社で働いているとき、わたしは東京に住んでいるのに、茨城の現場を希望することがよくあった。毎週3日くらい、茨城県に働きに行っていた。(片道1時間半かかるけど座れるので楽だった)


そこでは中学、高校と慣れ親しんだ茨城訛りがあった。わたしは「ここはわたしの故郷と呼んでも良い場所かもしれない」と思っていた。お客さんと話すときも、バリバリに訛っていても聞き取れる。(たぶん東京の人だと聞き取れないレベルの茨城弁)わたしのイントネーションも茨城訛りになる。仕事が楽しかった。


福岡の仕事をもらったこともあった。そこでは博多弁が当たり前に残っており、やっぱりわたしは「ここもわたしの故郷と呼んでいいのかもしれない」と、福岡を近く感じた。


わたしは方言が大好きなのである。


幼少期に否定されてしまったけれど、わたしの中では方言は「ほっとする」言葉だ。茨城も福岡も、わたしの大好きな場所だ。



翻って小野さんの会津弁。からかっているように聞こえてしまったら大変申し訳ないけれど、わたしは会津弁のサイトを読んで、なんてかわいらしい言葉なんだ! とものすごく感動したのだ。


もっと→いまっと
ください→くんつぇ
たまらない→こでらんに
問題ない→さすけねえ


この独特な言い回しと響きが好きなのである。茨城弁でも、腹が立つことを「いじやける」と言ったり、面白いことを「おもしー」と言う。「おもしー」は学生時代めちゃくちゃ使ったし、今でもたまに出る。


何が言いたいのかというと、わたしは方言をその人のアイデンティティの一つととらえていて、できれば自分もそれがほしかったのである。バリバリの博多弁が抜けない人間、バリバリの茨城弁が抜けない人間、どちらかにしっかり偏った、自分のアイデンティティが地域に根付いた人でありたい気持ちがあるのだ。


つまり、小野さんの会津弁が好きなのである。(かんどーの会津弁は微妙に違ってる! と小野さんからは言われるのだが)



喘ぎ声が訛るのは、ごめんわたしの趣味だ。。「かんにんしてぇ」とかそういうのが大好きなのでついネタとして使ってしまう。歌が訛るのは、物理的にありえないと思っている。どの地域の人が歌っても、歌で訛る人はなかなかいない。歌は言葉じゃなく音だから。だから歌で訛るのはちょっとした「ネタふり」だった。(実際小野さんは「ひまわりの約束」を会津の名物紹介しながら替え歌してくれた)



…というわけで、わたしには悪意もなければ、訛りを馬鹿にしてる気持ちも一切ない。


「面白いと思ってる?」に対しては、思ってる。書いてて楽しくて、小野さんが乗ってきてくれると面白くて、これでいいのだと思ってた。知らずに人を傷つけるパターンで、自分の周りが大人になって気づけないパターンなのかもしれない。



こんな感じで返事になってるかな? 


あまりにプライベートな話題なので深夜だけど今投稿するwww
それじゃあ、また!