接客業はつらいよ! 人生はチキンレース! あけすけビッチかんどー日記!

接客業歴15年のかんどーが綴る、あけすけな日記。人生はチキンレースです。一歩引いた方が負け。たまに小説を書きます。お問い合わせはsaori0118ai2あっとまーくやふーめーるまで。

地元のないわたしが「ジモト感」を愛する理由

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わたしには、地元がない。夜間の短期大学に行っているとき、成人式というイベントがあり、クラスの意地悪な女子に言われた。

「あんた地元ないんやろ? 友達おらんから成人式、どこにも出られんのやろ?」

わたしは首をかしげて、うん? のような返事をしたと思う。「?」の中には憎悪が詰まっていた。こいつは何を言っているんだ。わたしが小学校を3回変わり、中学では服を脱がされるいじめにあい、次の中学校では給食を食べる姿を見られて一切給食が食べられなくなり、拒食症のように痩せていった。そういうわたしの歴史を一切知らないくせに何を表面的なことだけ言っているんだお前は。そもそもお前に言われる筋合い無い。そういう気持ちを当時はまだ言葉にできなかったから、何もわからないふりをした。

「とぼけたってだめやで。友達おらんから寂しいんやろ」

そこまで言うか。ところであなた今どうしてる、興味ないけど。


人をディスっている暇があるなら自分に足りていない部分をなんとかすべきなのである。これは不変の事実だ。

今は思っていることをわりとはっきり言う性格になったので、上記のような輩に舐められることもないし(必要に応じて強い言葉も使っていくストロングスタイル)、そもそもそういう輩とは深く関わらない。結果として良い友達だけが残っているのでこのやり方は正しかったのだと思う。



さて、わたしには本当に地元が無い。生まれたのは福岡だが、育ったのは茨城だったり千葉だったりするし、どこも2~3年で引っ越してしまっているから、深くその土地になじんでない。そして引っ越しをするたびにリセットをかけるように、人間関係もリセットしてきたから、「小学校の同級生」「中学校の同級生」という知り合いがほぼいないのである。

ほぼ、というのはFacebookにより発見され、何人かとコンタクトを取ったことがあるのだ。しかしその8割は「社長になったんだね」から始まり、何通かメッセージをやり取りすると「会おう」という。会って何を話すのか、わたしは前もって深く突っ込んで聞いている。そうすると大抵は「お金を貸してほしい」ということだったりする。その場でブロックだ。なんで今付き合いもない人にお金を貸さなければならないのか。しかもその人はわたしがいじめられている時にそれを「見なかったこと」にしてやり過ごしたクラスメイトだ。よくそんなことが言えるな! と思う。そういうことが続き、わたしはFacebookに一切の個人情報を載せることをやめた。誰も探せないと思う。


そういう感じなので、わたし自身は「地元を愛する」とかそういうのとは一切無縁なのである。むしろ何もないからこそどこへでも行ける、それこそがわたしの強みだと思っている。「ここに住んで新規事業立ち上げるぞ」とか簡単に決意できるのである。海外移住も何一つ迷わずに行けた。セブに住みたいから住んだのだ。


わたしはそういう自分の生き方が好きだ。さっぱりしていて付き合いやすい性格になっていると思うし、細かいことは気にしない。嫌なことは一晩寝れば忘れる。根に持たないのでリアルで会ったら付き合いやすいと思う。頼まれ事をした際も、自分にできる範囲で協力すると決めているので、人の役にもまあ立っていると思う。

根無し草としてずっと生きてきた。


そんなわたしに、ちょっとおもしろい体験が舞い込んできた。


ここ二日更新したブログ記事は、彼氏の実家に挨拶に行き、正式に婚約者になったことと、婚約者の家族や友達に会ったことを書いた。(美味しいものを食べたことなども合間に書いてある)
 

www.kandosaori.com

 

雪が降ると自撮りが盛れるので雪は好きであるw 

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釧路という、わたしにとって縁もゆかりもない土地に、3日間滞在していろんな人に会ったのである。婚約者はわたしが疲れすぎないようにスケジュールを組んでくれて、最終日の夜はふたりでゆっくりとホテルのバーで話す時間もあった。本当に楽しく過ごせた。

思ったのは「ああ、これが地元……ジモトっていうやつか」ということ。

外に出たら知り合いがいて、買い物や飲食は知り合いのお店でする率が結構高め。なんだけど排他的過ぎるわけでもなく、人が少なくて(笑)妙に居心地が良かったのである。


地方都市はそれぞれに色があり、人との距離が近すぎる場所もある。そういうのもアリだし、そうやって持ちつ持たれつで暮らしていくのも悪くないと思っている。セブはわりとそんな感じがある。

しかし釧路は、「人は人」というある種の割り切りがありながら、ゆるく「同学年」「同級」「元職場」などのつながりがある感じなのである。なにもない人はいないのではないだろうか。さっぱりしてるのに、どこかでみんなつながっているのだ。若い頃のわたしはこれを「キモチワルイ」と思っていた。そういうの嫌いだった。どうせ自分だけまた仲間外れにされると決めてかかっていた。

でも今は違う。みんなゆるくつながっているのはいいことだと思う。わたしはそこに横からすっと入っても、今は大丈夫なのだ。最初はなじめないことも織り込み済みだし、なじめないなりに数人の知人がいたらもうそれでいい。むしろその時期は「自分の時間」が山ほど取れるだろうから、家で好きなことをしたりスポーツにはまったり、身近な人を大事にして生きていればよい。

そうしてある程度時間がたつころには、気づけば周りの人とちゃんと関わっているだろうと思う。人付き合いを始めるにも少しの時間が必要なことを知っているから焦らないし、ゆっくり築けばいいって思っている。周りの人だってわたしのことを遠くから見て、少しずつ知って行かないと安心して付き合えないと思う。それはどこに行っても同じ。新しい職場とか、新しい土地とか、みんなそう。


わたしは釧路に住むと決めたわけでもない。ただ、「これもありだな」と思ったのだ。わたしは一人で誰もいない雪道を歩くのがたぶん好きだ。少し歩くと海に出る街は好きだ。人が少ない通りを心しずかに歩いたら気持ちがいいと思う。犬でも飼って、毎日散歩してあげたら犬も幸せだと思う。

わたし自身にはなんの鎖もかかっていない。同級生もいないし、わたしを知る人もいない。ただ、婚約者が地元とつながっていることはわたしを安心させてくれる。わたしの婚約者は、きちんと地元があって、地元の人たちと付き合いを続けている。これはわたしにはないものだから大事にしてほしいって思うし、そんな彼の横顔は頼もしい。


ほんとに今付き合ってて良かったと思う。ほんの少し前までわたしは、自分の彼氏がジモト感のあることをしていると面倒くさくなって帰るような人間だった。自分が持ってないものを持っていることがうらやましくもあったし、その輪に入りたくない気持ちも強かった。でも、セブに移住をした経験がわたしを変えたんだと思う。

「どこに行っても、周りの人とちゃんと付き合っていれば生きていける」

という当たり前のことを体で学んだことが大きい。それと、さんざん自由に生きたことで割り切れたのもある。海外移住という自分にとって「ちょっと無理かも」と思うことをやれていることで、なんていうか人と自分を比べなくなった。たぶんこれは「自分に自信が持てた」っていうことだと思う。


そういう自分の内面の変化もありつつ、わたしは婚約者の「地元」に行ってすごく楽しめた。ジモトを愛するっていいじゃない。たまに文句言いつつも、やっぱこの場所好きだわって言えるようなところに住みたい。暮らしたい。

わたしはあの街が好きになった。

暮らしてみても面白いと思っている。

実際に暮らすかどうかはわからない。でもそういう場所がいくつも増えていくことは人生の選択肢が増えることだと思ってる。海外に完全移住、東京都心のタワーマンションに住む、そんな選択肢を自分に用意していたけれど、どちらも若干騒がしいのが悩みだった。静かで海が近い街に住むのもいいかもしれない。

たまに友達が遠くから遊びに来てくれたら嬉しいかもしれない。


そしたらやっぱり、今回婚約者がわたしにしてくれたように、その街の好きなところを案内したり、夕陽を見たり、教えてもらった美味しいお店に一緒に行ったりするんだ。

そんなおだやかな日が来たらいいな。


そういう日を受け入れられるよう、今はしっかり動いて、仕事を形にしたり、セブと東京を行ったり来たりしながらできる仕事をしようと思っています。

今年はちょっと長めにお正月休みを取りました。セブの屋台の代行店長と連絡を取ったり、ちょこちょこ動いてはいたけど、自由に動かせてもらって助かってます。


最後になりますが、釧路から札幌はすごく遠いですw


近いと思って簡単に移動する気でいたら、東京→大阪くらい遠くてびっくりしましたw 電車で4時間ってどういうことだ!! 羽田に行った方が近かったぞw

でも、札幌も来たかったから良かったよ。


あの霧の町へもう一度遊びに行くのが、今から楽しみです。たぶん嫌なこともあると思うんだけど、それももう想定してるから嫌だと思わないと思う。想定力って大事だよね。あとは期待しすぎないこと。セブに住んでほんとにこれは切実に思いました。

「部屋にゴキブリが出ることくらいは仕方ない」と割り切っていたからムカデが出ても対処できたし。「水や電気が止まることくらいあり得る」と思っていたから突然の停電も乗り切れたし。大雨も落雷も家に飲み水が無くて困ったことも、部屋の鍵が開かなくて困ったことも、全部なんとか乗りきったもんね。。もう、あれはどうしようもなかったよね。。

なんか、そういうの考えると国内での移住で困るのは大概「精神的なもの」だと思っているから、そのあたりは自分の気持ち次第なんだよね。

すごくデリケートな人間関係が展開されているかもしれないし、さびしい思いをするかもしれない。でも最悪の事態になる前にわたしは回避するし、そう思って気楽にしていれば案外うまく行く。セブもそうだった。本当に嫌なことがあったらいつだって帰るつもりでいた。そしたら開き直ってるからか、ちょっとした事故みたいなことは、精神的に病むことなく乗り切ってこられました。


今のわたしはちょっと無双感あります。だってどんな状況も楽しめるから。


地元のないわたしが、いろんな経験をしたことで「ジモト感」も好きになってきた。これはきっと人間的にちょっと広がった、ひらいたのだと思います。この花が枯れないように、これからも人間らしく生きていきたい。


あなたといっしょに。

 


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釧路のすぐ近くに「大楽毛(おたのしけ)」という地名があって、駅もあるんだけど、こういう読み方難しい地名が好きです。


ふふ。


それじゃあ、また明日!