接客業はつらいよ! 人生はチキンレース! あけすけビッチかんどー日記!

接客業歴15年のかんどーが綴る、あけすけな日記。人生はチキンレースです。一歩引いた方が負け。たまに小説を書きます。お問い合わせはsaori0118ai2あっとまーくやふーめーるまで。

音楽も小説も暴力的な平等がはびこる苦しいだけの世界だ

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あの人は才能があるから素晴らしい小説が書けた。

あの人はセンスがいいから素敵な曲が書けた。

音楽の神様に愛されている。



わたしはこれらの抽象的かつ暴力的な公平が大っ嫌いだった。道をまっすぐ歩いているのに横から突風がふいてきて、ちょっとよろめいたら横から何者かにぶん殴られて、そのまま「去れ」と言われるような暴力的な公平だと思った。

わたしが音楽を一度やめた話は、過去にこのブログで書いている。この記事この記事がそうだ。


今一度わたしの音楽歴を整理しておこう。

これからガッツリ活動を始めるにあたり、自分でも自分がどう音楽と関わってきたかを整理しなければいけないと思った。


まず、子どもの頃に聞いて好きで仕方が無かったのが「たま」。ミュージックステーションという大舞台で「さよなら人類」を歌い、その次の出演の際、ベースの滝本さんがつくった「海にうつる月」を歌っていたのが今でも鳥肌立つくらい覚えてる。今風に言うと「攻めたセトリ」的な言葉になるのだろうけど、当時はお茶の間に不思議な沈黙を与えたと思う。わたしは食い入るようにテレビにくぎ付けになっており、滝本さんのことが好きになった。当時は福岡に住んでいたので「たま」を生で観たのは一回だけ。何かの博覧会で「出待ち」をしてメンバーを一瞬見た、それだけだった。

そしてわたしは今、元たまのメンバーそれぞれのライブに、日程が許す限り必ず行っている。特に毎月のように通いたくなる中毒性の強いライブは、滝本さんのような気がしている。あの方がギター一本でするりと弾き語っていく、キャパ20人くらいの「下北沢LETE」というハコでやる月一のライブは、帰国のタイミングをなるべくそこに合わせるくらい大事で、事実合わせてる。年12回やるそのライブに、わたし最低でも6回は行きたいの。影響受けて構わない。もっと聴きたい。(弾き語りなので、ずっと行ってるとギターコードも滝本さんの手を見て覚えられる!)


その後、中学生時代に好きだったのは「CHAGE&ASKA」。これは無条件に時代に迎合できた稀有な例だ。しかし夢中にはなったものの、メジャーすぎて楽しくないという気持ちがあった。そしてわたしはCHAGEファンだ。

高校生になると、深夜の勝ち抜きバンドバトル番組を観て「CASCADE」に出会った。その独特な音楽性に中毒的にハマり、当時は茨城県に住んでいたため、CASCADEが出演する番組に片っ端から応募し、POPJAMは月1回くらいNHKホールで見ていた。デビューしたての浜崎あゆみとかそのへんのアーティストはわたしほとんど生で観てます。イエモンも。黒夢も。シャムシェイドも。SHAZNAもw   

そして実はCASCADE、現在の活動で元黒夢の人時さんをサポートメンバーに入れてるんですよね!! わたし先日生CASCADEを渋谷チェルシーハウスに見に行ったのですが、人時さんいて超びっくりしましたからね!(次回は仙台公演観に行きます! もうCASCADEのいない人生なんて考えられない)


脱線しまくっているがこのまま続ける。
要約すると、学生時代から音楽が好きだったということだ。
友達がいなかったからそれ以上の広がりがなかったというだけ。



その後わたしは働きながら夜間短大に行った。生活費と学費をぜんぶ自分で稼ぐのはすごく大変だった。奨学金というシステムがあることは当時知らなかった。誰も教えてくれなかったのである。しかし借りていなくて良かったと思う。

わたしの生活は毎日9時間の労働と5時間の勉強、2時間の移動で埋め尽くされ、何か考える暇も思考する余裕もなかった。とにかく単位を落とさないようにすべての課題をこなしていくだけ。教諭免許が取れたのは本当にありがたい。わたしは今からでも、試験に受かれば小学校の教諭ができるのだ。あのきつい生活は今の安心感に一役買っている。このハードな生活は短大を卒業しても続いていく。


社会に出ても時給の高い仕事はどこかに隠されているようでまったく生活が成り立たなかった。すさんだ生活が始まった。そんな中で、バンド活動やクラブシンガーの活動をした。そこで出会った人が最悪の塊で、わたしの音楽活動は、費やした練習の時間と同じくらいの時間「ギャラ未払い問題」「女性歌手男にこびないと売ってもらえない問題」と孤独に向き合うばかりだった。「若い女性シンガー」とくくられるのが心底嫌だった。舐められているのがよくわかった。


歌わせてやるからステージ以外の時間は席について接客しろというキャバクラもあった。わたしは面接のとき、キャストとして接客すれば時給2800円だと言われた。でもステージをやるならシンガー枠だから時給1500円だと言われた。わたしはそこまでして歌いたくなかった。天下のハ〇ウッドがそんなこと言うんかいと思った。わたしは迷うことなくキャストとして働いた。歌の仕事を探していたのに本末転倒だが、思えばこの時からわたしは世の中をななめに見て、相手が望む答えを絶妙に返さないという「誰にもわからないような仕返し」をしていたのかもしれない。キャストとして働いていると「舐められない」。

このときわたしは、そのクラブのお姉さんのヘルプを器用にこなし、しばらく時給2800円をもらい続けて生活を安定させた。時代も良かったのかもしれない。昼間の仕事もしていたので、無理に同伴やアフターに行くこともなかったし、早い時間だけのヘルプ要員だったが、クビになることもなく自分がやりたいだけ働けた。


歌を捨てれば裕福になる。


わたしの中でそういう図式ができあがった。歌はわたしを貧しくするだけで、ちっとも豊かにしてくれない。出会う人も、音楽を通じて出会うと最悪な出会いばかり。でもビジネスやキャバクラで出会った人たちはどの人もみんなきちんとしていて、約束も守るいい人たちばかりだった。給料も遅れなかった。これが決め手だった。給料を出し惜しみするような人間は信用ならないのだ。

 

わたしは音楽の世界にあいそをつかした。あそこにいるのはバカばっかりだから。そう言ってやめてきた。そういう人たちのつくった音が耳に入らないように、わたしは(仕事中はがまんしていたが)自分の生活圏内に音が入り込まないように慎重に生活していた。テレビもプレイヤーもイヤホンも持たず。携帯電話の着信音もピピピという電子音だった。


無機質な生活を約10年つづけた。


やっとわたしは「若い女性」ではなくなった。何か言われたら切り返すか、かわす。嫌なことを言ってくる人に嫌だと言わずに立ち去らせる方法を知っている。接客業で培った人との付き合い方(嫌な客の追い出し方)でわたしは自分の世界を作る。


ものすごく性格が悪くなった。
お金を稼ぐことに執着するようになった。
ことあるごとに音楽を憎んだ。



しかし何の因果か、わたしは再度音楽の世界に戻ることになった。前回と違うのは「誰かわたしをプロデュースしてください」という待ちの姿勢ではなくなったことだ。わたしはこれから活動するうえで決めていることがある。

・ある程度自立した音楽家になるまでは誰とも組まない(演奏を共にしない)
・お客さんを呼ぶイベントをするなら「参加」ではなく「自分で企画」する
・自分の音楽を使う場所を自分で作る、コンペで「使ってください」ではない

めちゃくちゃな理論である。つまりわたしはライブをするならワンマンしかやりませんと最初から決めて下手くそなギターを始めたわけである。あと、わたしには自分の曲でやりたい試みがある。それも自分で手を動かし、自分で場所を作って実行するつもりだ。たぶんそれは実行されると思う。順調に行けば2年かからずにできるという手ごたえもある。


わたしは今の自分の「歌唱力」「ギター演奏力」「作曲力」「作詞力」「パフォーマンス力」を冷静に分析している。歌唱はなんとかなる。ギターは練習次第だが毎日弾いているので順当にうまくなるだろう。(つまりそれがあと2年だということである)

 

作曲は楽しいので多作してどんどん発表して磨いていく。パフォーマンスは人前で何度も演奏して力を付けている。一人で練習せず人前でやるのだ。どうにもならないのが「作詞」なのだが、これは頼める人がいるので当面、お願いする。わたしはきれいなメロディを作りたいの。そこに乗る歌詞がわたしのものだと、世界観が構築されない。だからうまいひとに頼むのだ。ただし、常に練習として自分でも歌詞をつける。同じ曲に二つの歌詞が常につく。そしてジャッジしていくわけだ。どう違うのか。音として美しいのはどちらか。口ずさんで口が喜び、耳が喜ぶのはどちらか。現状確実に、つくってもらった歌詞が気持ちいい。

しばらくは専門の人に書いてもらった歌詞で人前に出ることになるだろう。


わたしの歌詞が良くないのは、性格が悪いからだと思っている。


音楽をつくるうえで性格が悪いというのは致命的であるw 歌詞が「どこにも行けない」ばっかりの米津玄師になってしまう。いや違う、米津玄師になれるわけないだろ。

その部分をどうにかするために、歌詞を書いている方と連絡を取って、自分も書けるように練習している。


なんだろう、曲は算数や歴史のような気がしている。それまでの知識をフル稼働して自分の好きな音のつらなりを再現していく。その過程で何かと何かを混ぜる。うまくいった実験結果は活用する。メロディは全部数字だ。

 

↓55↑112↓123 435 321 2213211↓5 11 ↓7←これはわたしがとったメモだ。わりと最近作った曲の出だしだ。これで帰宅したらメロディを歌える。このメモ方法がなかったら仕事中に浮かんだメロディをメモが取れない。ボイスメモできるときはボイスメモしているけど。

ギターのコードも「1117のところで14♭61を鳴らす」ととりあえずメモを取っておく。これで思い出せる。

 

性格はすぐには良くならないと思うけど、メロディを作ることは今できる。だから今始めた。ギターが致命的にまだ下手なのと、パフォーマンスに慣れていないのがあって、人前で演奏しても感動してもらえるレベルではまだない。でも着実に進んでいると思うし、昔のように誰かに騙されるような活動をしないと決めているので、人付き合いも超スムーズである。

冗談でも義理でも「今度一緒にやりましょう」と言われたら「スミマセンわたし一人でやるんですよー今回。これ絶対なんですー」と答えている。人と時間を合わせられないことや、面倒な時は「仕事が不規則なんで」で終わらせている。


音楽をやっている友達はいてもいいと思うが、誰かと一緒にやること前提で考えると、わたしはすぐにやめてしまいそうだから、とにかく一人でやる。人前でするときに何かの楽器を演奏してほしいと思ったら、「一回限り」での依頼はギャラを支払ってお願いする。

 

しかしリズムがほしいなら自分でギター叩いてリズム出せば良いし、頼むことはまずなさそうである。

 

当たり前のことだが、そこが線引きなのだと思っている。依頼主はわたしでなければならない。

 


最後になるが、最近感銘を受けた文章があるので貼っておく。池袋FIELDというライブハウスのオーナーのブログだ。

このライブハウスは「オープンマイク」という企画をやっており、簡単に言うと「チャージを払えばライブハウスで歌えますよ」というもの。集客を考えなくて良いし、一応人前でやることになるので場数を踏むのにすごく良い。わたしは日本にいるときここへ2週連続で通った。そのときオーナーと接する機会があった。とくに愛想が良くは無いのだけれど、なんというか「気になる人」だった。

後日その方の経歴を知って驚いた。音楽のサラブレッドみたいな生き方をしている方だった。わたしより20歳近く年上なのだが、歌声が若い!!! そして若者との接し方が、良い意味で「大人の意見」を言える存在みたいになっていて。その立ち振る舞いが素敵だなと思った。わたしも何かを極めたらこういうたたずまいになるのも悪くないかも、そう思わせてくれる力のある人だ。


一応ブログ貼っておく。文章も素晴らしかった。久しぶりに人の書いた文章で泣いた。しかも音楽のことを語っていて、とてもセンシティブなことを書いているのにちゃんと読めた。他のこういうのは読めないので助かった。たぶんこの方の発信するものはこれからも読めると思う。


ameblo.jp

 

この方は若くして音楽の道でプロになり、今はライブハウス経営をしている。読んでいてぞくぞくした。このライブハウスのオープンマイクイベントなどはこれからも行く予定だ。


優しすぎたらつまらないけど、厳しさの中に愛があってほしいとか、きれいごとなんだけどそれを実践しきっているから素晴らしいんだよな。。わたしも良い年の取り方がしたいなと思った。あのライブハウスに集まっている人たちの空気もいい。わたしはあそこが好きかもしれない。そういう場所に音楽活動を再開してすぐに出会えたことは幸せだし、素直に入っていけそうだと思った。


わたしは嫌味をふりかざして人を傷つけたり、既得権益で食ってて人に文句言うだけの嫌な奴らなんて寄せ付けない。だれにも搾取させない。徹頭徹尾、一人でやるのだ。信じられるのは自分だけだ。友達ができることはうれしいけど、どこかに所属することはまずないだろう。


頑なな心は変わらないけれど、一人でならやりたいという気持ちになっているのは良いことだ。だから続ける。曲を作って、歌にする。それを人前で歌うのだ。自分自身で。(ほんとはヘタウマっぽい女の子にかわりに歌ってほしいw 横でギター弾いてたいw) 

 
わたしの理想とする音楽活動について深くは語らないけど、このスタイルは好き、という動画をひとつ貼っておこう。この方はとても歌がうまいけど! わたしが見ているのはもちろん右の男性である。曲を書いている人だ。このときは企画のアコースティックライブで、まさかの本人登場的な感じだったのである。

www.youtube.com

 

こっちの曲でボーカルがほんのちょっとフラット気味になったときも、コーラスの声が超正確だったり。なんというか冷静でいいよね。

 

www.youtube.com

 

 

上記のアコースティックライブの動画はわたし大好きでよく見ている。なんたって大好きなアイドル(というにはアーティスティックすぎるが)だし、曲を書いている人がいちばん好きな人だからだ。本人のデモテープが公開されたとき聴いたけど、めっちゃ歌うまかった。あれだよね、男の人でもキチっとやってる人って高音ばっちり出るよね? すごい。



話がまたそれました。

 

冒頭で書いたが、わたしは「たま」や「CASCADE」に救われて孤独な若者時代を過ごした。彼らの音楽はわたしのDNAに刻み込まれているのだろう。何年たっても色あせない。20年たって色あせないってすごい。

 

わたしがどんな状況になろうとも、彼らは音楽活動を(たまに休むことはあっても)20年以上続けており、何年経っても色あせず、聴きたいと思ったときにわたしの心の横にずっと寄り添ってくれる。こんな素晴らしいことってあるだろうか。


「音楽」は時として目的そのものであり、時として媒介役となる。わたしが友達と仲良くなるための媒介として存在してくれたりもするのだ。


きっと、音楽が横に広がってその世代に浸透するということは、そういうことなのだ。

その時代に生きる人をゆるくつないでいく。


どこまで目指すか、わたしはぬるいことは考えない主義なのでビジネス的にサクサクとやっていく。そこに自分の能力値が見合わなければ、その行為をストップさせるだけ。それだけなんだ。


アー写っぽい写メを貼って終わりにする。(つーかガチの演奏中写真なだけwww)


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当面わたしはオープンマイクに出向いてパフォーマンスを向上させ、新曲を作り続け、歌詞をお願いしながら自分でも書き、目指す方向へ向かっていくだけだ。目立つようなことはしないだろうし、そもそも自分が目立ちたいとまったく思わない。良い歌詞だから聴いていっておくれ、とか良いものができたからちょっと聴いておくれ、とかそういう気持ちしかない。そのための技術向上、着るものなんかも「パフォーマンス力向上」に含まれる一連の作業にすぎない。


わたしはひねくれているのかな。


だってどこまでいってもラクになれない世界なんだもの。音楽も小説も。結局才能だとかセンスだとかがないと、どれだけやっても上がれないのよ。どんだけ暴力的なのって思う。


だからわたしは、自分が苦しまない方法を必死で模索している。そのやり方が、本当は活動したいのに二の足を踏んでいる人たちの助けになればいいなとも考えている。だからやるんだ。


それじゃあ、また明日!