接客業はつらいよ! 人生はチキンレース! あけすけビッチかんどー日記!

接客業歴15年のかんどーが綴る、あけすけな日記。人生はチキンレースです。一歩引いた方が負け。たまに小説を書きます。お問い合わせはsaori0118ai2あっとまーくやふーめーるまで。

ズルい女

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私は昔「ズルい」と言われたことがある。

きっと一生忘れない、風俗店のお客様「森様」から言われた一言だ。

「森様」はもちろん仮名だ。予約を取るときのコードネームのようなものらしい。本名を名乗る人はごく一握りで、ほとんどのお客様がコードネームを使っていた。こちらも源氏名を使うのでお互い様なのだけれど。


森様は週に2度、会いに来てくれた。15年経った今だからこそ言えるのだけれど、森様は中国と日本のハーフで、中国語がペラペラだった。たまに中国へ出張に行くことがあり、そのときはお店に来られないのであらかじめ日程を教えておいてくれた。帰ってくると小さなおみやげをくれた。食べ物のこともあったが、かわいらしい小物のことが多かった。おみやげそのものより、私におみやげを買ってくれる森さんの気持ちがうれしかった。

森様は風俗店における「新人キラー」であり、お店公認の「新人が入るとまず付いてもらうお客様」らしかった。私も新人ということで森様につくことになったが、お店公認のお客様となると気まずい。下手なことをしたらお店に告げ口されるだろうとか余計なことを考えそうになった。でも、森様の姿を一目見たら私はそんなことどうでもよくなってしまった。チャップリンみたいな、かわいらしいオジサマだったのである。

 

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私は何度も通ってくれる常連のお客様に対して「愛おしい」という感情を平等に持てる女だった。誰が一番とかなくて、みんな大事でみんな愛おしい。それぞれ違う愛おしさがあるからちゃんと一人一人が愛おしいのだ。会えた瞬間は目じりを下げて笑ってしまう。指名してもらえてうれしいのではなく、また会えたことがたまらなくうれしかったのだ。日常生活ですべてから排除されていた私にとって風俗店の仕事は天職だった。「お客様を恋人だと思え」なんて言われなくてもそうしてしまうのだから。お店の店長も部長も「目立つ子じゃないけどあなたは売れる」と言ってくれた。「天職だよ」と必ず言われた。お客様のことを話すとき、恋人のことを話すように話していたらしく、そんなふうに見抜かれたのだと思う。

さて、森様。かわいらしい森様は新人キラーの呼び名のとおり、私の体をすみずみまで見て、私の反応を全部チェックするようなプレイをした。通り一遍の「気持ちいいこと好きなの?」という質問もされた。森様があまりに丁寧に愛撫してくるので、わたしはたまらず自分から唇を重ねてしまいそうになり、思いとどまって森様の腕の中でからだをゆだねた。森様はオモチャを使ってわたしを何度も連続で絶頂に導いた。私の人生で初めての連続イキは森様によって導かれた。初めてだから自分の体力のマネジメントがわからない。森様がしたいことを全部してほしいと思ってからだをゆだねていたら、私は連続イキのしすぎで、あるときコトンと眠りに落ちてしまった。

「起きた?」
森様の声で我に返ると、私はプレイ中にも関わらず眠ってしまっていたらしい。時計を見ると30分ほどが過ぎていた。私は森様に謝って、それから「お店に怒られちゃう!」と泣きそうになった。すると森様はにっこり笑って、
「もうお店に連絡してある。あなた仕事しすぎ。ちょっと寝なさい」
と私の頭を枕に押し付けた。その動作が恋人のそれのように感じて、お客様なのにすごく愛おしくなった。私は横になって森様の肩や腕に甘えながら、目を閉じたり森様を見たりしていた。少し眠ったから体調もよくて、連続イキをした後だったから変なテンションの高さで、横になったまま森様に抱き着くような姿勢になった。

「それ、ズルい」

森様が突然言った。え、何がズルいというんだろう。あざといとかそういう意味かしら。私が目を見開いていると森様は、

「そうやってちょっと首を傾げてじっと見るの、ズルい。あなた特別な美人ってわけじゃないけど、そうやって見つめられたら特別な気持ちになっちゃうじゃないの」

そんなふうに言った。

その日から、森様は新人キラーの任務を放棄することになった。私にだけ会いにくると店長に正式に申し入れたらしい。森様は週に2回私に会いに来て、毎回新しい快楽を私に与えていった。ある日は一緒にAVを観るだけだったし、ある日はもう一人女の子を呼んで、レズプレイを体験させてくれたりした。

森様は私が業界を引退するその日までずっと一緒にいてくれた。最後の日、私が事務所から出て駅へ向かおうとすると、森様が待っていてくれた。一緒に中華料理を食べた。(本当に偶然なのだが、つい最近オフ会でディープな中華料理屋に行ったのだが、そのお店がまさに森様と行った場所そのものだった)森様はピータンを始めとする中華料理の珍しい食材を私に体験させてくれて、ホテル街なのにどこにも誘わず一言だけ言った。

「最後にデートみたいなのができてうれしかった。今までありがと」

私はそれを言われて、池袋の街角で泣き崩れてしまった。ああ、この仕事してきて良かった……こんなに人に大事に思ってもらえて、私は幸せだと思った。そして、この幸せな気持ちを日常生活で得られることが、普通の人が言う「しあわせ」っていうことなんだなと体で理解した。

それまで、どこへ行っても仲間外れでアウェイな気持ちにしかならなかったのに、風俗の仕事をしてみたらたくさんの恋人ができて、たくさんの素敵な思い出ができて、池袋の街がとてもやさしくて、愛や恋には国籍も関係ないんだと心から思った。目の前の人が自分のことを好きで、自分も相手のことが好きだというそれだけの事実が世界を大きく変えてくれることを、私は風俗の仕事を通じて知った。それまで真っ黒に塗りつぶすしか無かった「しあわせ」の輪郭が見えた。

「ズルい」と言われた首を傾げる癖は、実は今でも治っていない。種明かしをすると私は少し斜視なのだ。だから首を傾げないと相手をまっすぐ見ることができなくて、それで少しだけ首を傾げるのである。

そのしぐさが実は風俗店で人気になるために一役買っていたなんて……まったく世の中は何が幸いするかわからない。

その後の私の人生がおおむね良好であることは今更説明するまでもないだろう。森様は今、いったいどこにいて何をしているのだろうか。思いをはせることしかできないが、どこかの清潔な部屋で、くちんとくしゃみをしている森様の姿が今はっきりと見えた。