接客業はつらいよ! 人生はチキンレース! あけすけビッチかんどー日記!

接客業歴15年のかんどーが綴る、あけすけな日記。人生はチキンレースです。一歩引いた方が負け。たまに小説を書きます。お問い合わせはsaori0118ai2あっとまーくやふーめーるまで。

【短編小説】ツナはお魚

スポンサードリンク

 

 

今日は短編小説を更新します。

 

 

 

ツナはお魚

 

「こら! お魚もちゃんと食べなさい!」
 夕餉の時刻、娘の真奈美がまた魚を食べない。もうすぐ小学校に行くのだから、好き嫌いは無くさなくてはならない。真奈美はピーマンもニンジンも嫌いだが、なんとか食べられるようになった。しかし魚だけはひとくちも食べない。

 

「お魚は嫌いだよ」
 歌うように言う愛娘。その言い方が可愛くて騙されそうになるが、好き嫌いはダメだ。なんとかして食べさせなくては。母は画策を始めた。

 

「今日はチキンカレーよ」
 翌日の夕餉はカレーにした。いつもは鶏肉をごろごろとカットして入れるのだが、この日は鶏むね肉を一度ゆでて、あえてパサパサの食感が残るようにしてカレーに入れた。真奈美は「今日のカレーあんまりおいしくない……」とぼそっと言ったが、カレーだから全部食べた。母はしめしめと笑った。

 そこから数日、真奈美の好物が続いた。ハンバーグにグラタン、スパゲティナポリタン。真奈美は毎日美味しい美味しいと食べた。その翌日、また母はカレーを作った。


「今日もチキンカレーよ」
 真奈美は前回のチキンカレーがあまりおいしくなかったことを覚えているので、反応が薄かった。しかし母はまた、しめしめと笑った。真奈美はカレーを黙々と食べ始めた。

「ママ……これ、まえとおなじ?」
 母はぎくりとした。上ずる声をおさえて「そうよ」と答える。真奈美は黙々とカレーを口に運び、そのたびに首をかしげた。
「ママ……これ、とりにく……じゃないよね?」
「何言ってるの、とりさんよ」
「なんかちがうよ、とりさんの味じゃないよ」
 母はいよいよぎくりとした。今日は鶏肉に見せかけてツナ缶をカレーに入れたのだ。ツナ缶が食べられるようになれば、そこから少しずつ魚を克服させられるという目論見だった。
「真奈美、これはねえ、ツナさんっていうのよ」
「ツナさん? ツナさんはとりさんのなかま?」
「仲間よ」
 母の声は低く、確信に満ちていた。ふうーんと言いながら真奈美はツナ入りカレーを全部食べた。その後母はツナ入りナポリタンやツナ入りハンバーグなどを作り、そのたびに「ツナさんは食べられるでしょう」と言い聞かせて食べさせてきた。しかし依然として魚の形をしたメニューは食べることができなかった。

 真奈美は小学校に入学した。給食で魚のフライが出たが、周りのみんなが食べているのを見て、えいっと食べてみたら簡単に食べられた。そのうち家でも「おさかな食べられるようになった」と報告し、真奈美の好き嫌い問題は解決した。


 真奈美は中学生になるとテニス部に入った。土日の練習では母のお弁当を持って行っていたのだが、夏休みの練習の際、一度だけ「ゴメン真奈美、これでコンビニのお弁当でも買って」と500円を渡したことがあった。真奈美はコンビニ弁当に親しみがなく、何を買おうかと迷った。そしておにぎりのコーナーを見た。たらこ、しゃけ、うめ、こんぶ、そしてツナマヨというものがあった。

「あれ? ツナさんだ! なつかしい!」
 真奈美は小学生になって魚嫌いを克服して以来、ツナさんが食卓に上がることがなくなったことを思い出した。「お母さん、なんで急にツナさんを使わなくなったんだろう」と思いながらツナマヨとたらこのおにぎりを選んでレジに持っていった。

 昼食の時間、ツナマヨのおにぎりを食べた真奈美は驚愕した。
「なにこれ! すっごく美味しい!」
「やだ真奈美、ツナマヨ食べたことないの?」
「ツナさんは食べたことがあるけど、ツナマヨは初めてなの」

 はしゃぐ真奈美に部活の仲間はきょとんと顔を見合わせた。

「真奈美、なんで、ツナに……さん付けしてるの?」

 その後、昼休みの間じゅう、ツナはまぐろでできているという話をしていた。真奈美はツナは鳥の仲間だと思っていたので、ツナがお魚だと聞いて驚いた。そして母の策略を思うと可笑しくなり、最後には仲間と一緒に笑っていた。


 時が経ち、真奈美は大学へ進んだ。専攻は栄養学にした。最初は栄養士を目指そうとしていたのだが、大学内でさまざまな授業を選択していくうちに、食品加工、特に缶詰に強い興味を持ち始めた。「ツナさん」のことを思い出すと、まぐろの味があんなふうに加工食品に変わることに興味を持ったのだ。

 真奈美は授業のある時期は少しアルバイトをしながら勉強し、長い休みになると、一人でバックパックを背負って海外へ行った。行った先の国でスーパーマーケットへ行き、その国でしか買えない缶詰を買って食べるのが何よりの楽しみになった。特に必ず食べるのはツナ缶だ。

 魚がたっぷり取れる国では、ツナ缶自体がものすごく大きい缶に入っていた。夕食一回分にしても多いくらいたくさん入っていて、真奈美はその国の調味料をかけながら異国のツナ缶を味わった。またアジアのある暑い国では、魚そのものを調理したものより、缶詰のツナの方が美味しいということがあった。日本のツナ缶のように油漬けになっておらず、ツナのおいしいダシが缶の中にぎゅっと詰まっている。そしてフレークになったツナの身は、日本にひけを取らないくらい美味しかった。真奈美はその国のツナ缶をおみやげに五つ購入した。

 大学卒業後、真奈美は食品メーカーに入った。「世界中の缶詰を食べた話」を面接でしたのが良かったのか、すんなりと希望する会社に入れた。最初の数年こそ営業に回されたりもしたが、あるときからは研究所に配属され、真奈美の仕事はいよいよ「缶詰を開発すること」になった。

 真奈美のあくなき缶詰への探求心は世界中に広がっており、どんな国でどんな缶詰が食べられているのかを知り尽くしていた。大きな知的好奇心を、小さな缶詰に詰め込むその作業がたまらなく可笑しくて楽しくて、真奈美は時のたつのを忘れるほどに研究に没頭した。

 やがて真奈美はプロジェクトを任された。そのプロジェクトは「来るべき食糧難に備え、新たなたんぱく源を缶詰として商品化すること」であった。うまくいけば宇宙食としても採用される可能性があるし、一大プロジェクトであった。競合他社ももちろん同じ研究を始めているであろう。スピード感も大切であった。

 真奈美はそれまでの叡智のすべてを集約して、誰が食べてもおいしく、そして材料を知るとびっくりする缶詰を作り上げた。真奈美は、トノサマバッタの羽と足をていねいに取り除き、身をすりつぶして少々のカラシとマヨネーズであえた「バッタの缶詰」を作り上げた。このバッタは、昆虫食が気持ち悪いとか言う層にさえ「美味しい」と言わせた。カラシマヨネーズの味が見事に虫臭さを消し、ごはんにもパンにもクラッカーにも合う絶妙の味に仕上げたのだ。

 これはすぐに商品化され、一般スーパーに出回ったし、コンビニのおにぎりやサンドイッチの具にも採用された。海外へも輸出され、やがて各国でバッタを調理すると美味しいという常識が根付いていった。宇宙食にも採用された。昆虫食が気持ち悪いと言われる時代は、真奈美の手によって終わった。

 


 あるインタビューで、このような素晴らしい商品の開発のきっかけになったのは、一体なんだったのでしょうかという質問があった。真奈美は研究者の顔から一気に顔をほころばせ、

「ツナがお魚だったこと……かしらね」

 と言い、少し笑った。ツナの原料はきはだまぐろ、めばちまぐろ、びんちょうまぐろ、そしてかつおである。真奈美はすでにツナの味を再現する昆虫を発見していた。おそらく五年以内にはツナの半分は昆虫で作られることになる。もう人々はバッタに抵抗がない。それならあの黒い虫だって大丈夫であろう。あの虫の生命力は、海の中で泳ぐマグロのように強い。そして繁殖力も猛烈に強い。生態系が入れ替わるまでの五十年間は、あの黒い虫を「ツナ」の材料にすれば良いのだ。

 真奈美は今となっては大好物になった「ツナさん」を昆虫で再現することにその人生を賭けていた。その賭けはおそらく成功する。人々はまぐろを食べ過ぎたのだ。これからは昆虫の缶詰でその命をつないでいく。

 

   食品研究所の明かりは今宵も、夜遅くまで消えることはない。 

 

 

 缶……じゃなくて完!

 

 

f:id:keisolutions:20180523200349j:plain