接客業はつらいよ! 人生はチキンレース! あけすけビッチかんどー日記!

接客業歴15年のかんどーが綴る、あけすけな日記。人生はチキンレースです。一歩引いた方が負け。たまに小説を書きます。お問い合わせはsaori0118ai2あっとまーくやふーめーるまで。

誰かの満点を取りに行くような生き方はやめよう

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親に。上司に。あるいは恋人に。

 

満点をつけてもらえる自分になりたいって思いませんか。

 

 

 

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わたしはついこの間まで、仕事で関わる人や恋人に対して、常に100点を付けてもらえるように振る舞っていました。(特に、恋愛面でこれが顕著に出ました)

 

100点を取りにいくわけですから、当然性格も相手の好みに合わせて変えてしまうわけです。相手の好みは、会話の中で分析して見極めます。「年下らしく可愛い自分」なのか「年は若いけれどはっきり意見を言える自分」なのか。常にキャラクターをいじって、目の前の人を喜ばせるのが習慣のようになっていました。

  

実はその癖は今も若干残っていて。自分でも嫌なのだけど、血肉となって残ってしまっている。というか、目の前の人が何を求めているかを探るような付き合いがしみついてしまっている。

 

 

「満点を取りに行く」というのは、具体的にどんな行動でしょうか。まずは、誰でもするであろう、「ちょっと相手に気に入られようとする行為」を書いてみますね。以下の3つは、たぶん性格そのものが良くなるので、やっても良いと思います。

 

・細かいこと、うるさいことを言わない
・常識はあるけれど、既存の常識にとらわれていない自分でいる
・相手の仕事を尊重する

 

この3つは、わたしの元々の性質でもあるのだけれど。わたし自身うるさいことを言われるのが嫌いだし、一定の常識をビシっと守った上で、そこにとらわれない奔放な生き方っていいよねと思ってる。「仕事とわたし、どっちが大切なの?」は超ナンセンス。どっちも大事に決まってんだろ。こんな質問してくる人とは付き合えない。だからわたしも言わない。

 

 

ただ、ここから一歩踏み込んで「満点」取りに行くと、結構危険です。自分を曲げているのではないかなと思うこともたまにある。特に恋愛においては、本当に気を付けないと「満点を取りに行く」癖を発動してしまう。主に以下の行動に出る。

 

・嫉妬という感情は持ち合わせていないように振る舞う
・求められたら120%応じるけれどこちらからは求めない
・常に綺麗にして、女として完全な状態を見せようとする

 

ここまで行くと、正直やりすぎです。絶対いつか爆発します。わかってます。でも、ついやってしまう。

 

 

わたしは今、あえて満点を取らないようにしています。最初に満点取っちゃうと後からきついんだよね

 

具体的には、うざったい嫉妬の感情をぶつけることはしないけれど、「わたしにも嫉妬心くらいありますよ」ということは早めに伝えておく。こういう時嫉妬の感情を感じる、ということも伝える。その上で、会話の中で嫉妬ポイントが出てきても、話の本筋から逸れずに最後まで話を聞く。嫉妬という感情は、うまく付き合えば自分を成長させてくれるけど、ただの自己否定になるならしない方が良い。

※嫉妬のことはまだまだ掘り下げられそうなので、別で記事にします。

 

 

「求められたら応じるけれど、自分からは求めない」という「女らしい女」やるのもやめました。欲しいなら欲しいとはっきり言います。「あなたと、したい」ってちゃんと言います。これ大事。

 

最後に、「常に綺麗にして、女として最高の状態を見せる」。これはついやってしまうのよね。だって良く思われたいじゃないですか。ふだん付けないアクセサリーをつけたり、それまでの自分にほんの少しだけメイクを足したり。服装も自分のポリシーは変えずに、黒ばっかり着るのをやめたりw 一番わかりやすいのは髪型かな。髪をきれいにしたくなる。もうこれは本能なんだろうな。。

 

 

正直、自分が楽しめている状態であれば、髪を整えたり服装を気にするのは悪いことではないと思います。でも、明らかに無理していたり、ガラッと変えすぎるのはいかがなものかと思います。

 

 

わたしは、常にこころがけていることがあります。

・相手に趣味を合わせようとしない
・相手の意見を尊重はしても、自分の意見は変えない(ちゃんと伝える)
・自分と相手は違う人だけど一緒に生きている、と認識する、求めすぎない

自分と相手は違う人……当たり前のことなのですが、好きになると相手と同じことしたくなるんですよね……。相手の好きな世界に入りたくなっちゃう。でも、染められて自分がなくなってしまったら、そもそも相手が好きだった自分が消えちゃうことになる。それじゃあお互い幸せにならないから、今は趣味が違っても気にしない。

 

相手の意見は尊重するけど「そういう意見なのね。なるほど、わかった。わたしはこういう意見だよ」と伝える。相手も「なるほどね」と言ってくれたらそれで良いと思うんです。(ただし、相手の意見を尊重して聞いているうちに、だんだん一致してくることはあると思います。「あ、これ正しいな」って気づいたりね。そういう経年による思考の一致はアリだと思います。

 

「自分と相手は違う人である」。これも常に意識しています。相手は相手の思考と人生計画、方向性を持って生きている。そこにたまたまわたしが現れて、短かったり長かったりする時間を一緒に生きる。一人で生きるのは自由だし、一人が好きな人も多いと思います。でもそこを越えて、「二人で生きていこうか」となる。もうそれ自体が奇跡なので、自分と相手は違う考えで生きている、ただ同じ舟に乗っただけ。そんなふうに考えています。

 

 

互いの良いところを減らさずに、相手と自分の時間を楽しむ。
相手がいることで安心して生きていけるようになる。
違う意見であっても話せる関係性になる。
必要以上に飾らない。自分が楽しめる範囲で自分磨きをする。
相手の満点を取らなくても思いあえる関係を築いていく。

 

 

こんな関係性が理想ではないでしょうか。

 

わたしは誰の人生と関わるときも、かなり真剣に関わっているつもりです。自分と出会ったことで不幸になってほしくない。できれば「楽しい思い出ができた」り、「いろいろ発見できて良かった」と思ってほしい。そして願わくば、出会っていく人との縁がずっと切れなければいいなと思っている。

 

相手に合わせて満点を取りに行くような生き方ではなく、自分らしく生きて、誰かをちょっと幸せにするような、そんなふうに生きていきたいです。

 

 

それじゃあ、また明日!