接客業はつらいよ! 人生はチキンレース! あけすけビッチかんどー日記!

接客業歴15年のかんどーが綴る、あけすけな日記。人生はチキンレースです。一歩引いた方が負け。たまに小説を書きます。お問い合わせはsaori0118ai2あっとまーくやふーめーるまで。

学歴フィルターへの絶望と起業の話

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今日は熱があって病院以外外出していない。よってネタも特にないため、学歴フィルターの話でもしようかと思う。わたしは20代の頃、バカだから世の中は平等だと思っていた。中卒で世直しに乗り出す人はいるし、高卒で社長をする人もいるし、世の中は「がんばった人はひとしく尊い」というマスゴミのきれいごとを、鵜呑みにしていた。

 

わたしの20代は、とにかくお金との闘いであった。生活費が底を尽きる前に次の収入源を確保せねばならない。当然ながら、セーフティーネットは水商売・風俗である。わたしが20代の頃は、今よりずっと景気がよかったので、水商売の客引きをするだけで月に30万くらい稼ぐことができた。

 

セーフティネットとしての水商売・風俗をしながら昼間の仕事でやりがい搾取をされている時期が多かった。具体的には、児童館でのアルバイトや、クラブシンガーなどである。これらの仕事は時給が最低時給に果てしなく近く、これらの仕事だけで一人暮らしをするのは絶対に無理であった。

 

しかし、水商売・風俗との組み合わせによってわたしは「子どもと接する仕事」も「クラブシンガー」もそれぞれ2年ほど続けることができた。まったく、女に生まれて良かったと思ったものである。

 

 

女の売り時は25歳頃までである。わたしは25歳頃から本格的に焦り、ITの仕事に就かなければ! と躍起になった。光ファイバーの飛び込み営業の仕事は「フロムエー」で見つけて月収70万以上稼げたので正解であったが、あれもバブル期だから稼げただけであり、その後はジリ貧になっていった。飛び込み営業して月収25万の仕事なんてやりたくない。

 

そもそもあんな仕事、固定給でやるもんじゃない。やった分だけ自分に入ってくる仕事だから頑張れるのだ。やってもやらなくても同じなら、誰だってやらない。わたしは「やってもやらなくても同じ時給」の仕事が大嫌いだ。じょうずにさぼるやつがのさばる薄汚い世界になっていることが目に見えている。年功序列も大嫌いだ。能力で評価しろ。能力がたりなきゃ時間と努力で絶対のし上がってみせる。だから能力で評価しろ。そういう考え方であった。

 

 

わたしはヤフーに入社したいと思った。

 

当時のわたしはITと言えばヤフーでしょ! と思っていた。みんなが知っている企業に入って働いた経験を積みたい。しかし、求人に応募しても面接にすら進めない。飛び込み営業なら誰にも負けないから、わたしを雇えば絶対に得なのに、なぜ面接すらしないのだ? この頃わたしは、求人サイトや派遣会社から提示される仕事の種類が「限定されている」ことに気が付いた。

 

・販売、接客
・ノルマのありそうな営業
・データ入力
・軽作業
・コールセンター

基本、このような求人しか来ないのである。当時のわたしは英語が話せるわけでもなかったし(今は簡単な英語対応ならできる)、車もペーパードライバーであったので、とにかく求人の種類が少なかった。選べる仕事が少ないなあ…と思っていた。

 

世の中にはたくさんの仕事があるはずで、たとえば雑誌を作っている人とか、ネットで企業の宣伝をする人とか、海外から商品を買い付けたりする仕事があるのに、そういう求人を一度も見たことがなかった。そういう仕事があれば給料が多少低くても応募するのに。(足りない分は土日に水か風すればいいと思っていた)

 

 

あっ!

 

 

わたしは思いついて、ある求人サイトに登録をした。

 

名前と年齢と性別、誕生日は自分のものを。しかし学歴を、有名大学卒業にしてみた。学部は英文科だ。英検1級を持っており、車の運転も堪能、趣味は英語サークルに参加することとゴルフ。前職はマーケティングの部署にいた……という架空のエリート人格をでっち上げた。

 

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結構本格的にでっち上げた。

 

すると、翌日から求人のオファーが来始めた。それらの求人は、それまでのわたしの人生には用意されていなかった赤いじゅうたんのようであった。わたしも知っている企業でのマーケティングの仕事や、英語を使う会社のコンサルタントの仕事などが来た。

 

それまでは時給1200円くらいの仕事のオファーが来ていたのだが、急に年収700万~の仕事のオファーが来るようになってびっくりした。有名大学を出て、英語が話せるとこんなに稼げるのか…と世の中の知らない部分を見せられたような気持ちになった。

 

どこかでわたしのうそがばれたのか、それらの求人が送信されてきたのは最初の2週間程度で、次第にデータ入力などのアルバイトの求人しか送られてこなくなった。

 

 

わたしの夢見る赤いじゅうたんの日々は、終わった。

 

 

そのしばらく後、学歴フィルターという言葉を知った。ああ、あれのことかとすぐに察知した。わたしは結局20代後半、ぎりぎりまで女をつかった商売をしながら生計を立て、30歳で青年海外協力隊に参加。英語を使う経験をなんとか得て、31歳で起業した。

 

わたしは世の中がこんなに不平等で理不尽であることを、20代後半まで知らなかった。誰もこういう大切なことを教えてくれないことに絶望した。

 

今、わたしは周りの人に伝えていることがある。それは、世の中は理不尽でアホらしく、ぼーっとしていたら搾取されるから、絶対に搾取される側に回るな、ということだ。ぼけーっと通知が来るままに税金を支払い(あるいは安月給から天引きされ)、言われるがままにNHKの料金を支払い、交渉することなくすべてのものを購入していたら絶対にだめである。

 

特にわたしは、25歳くらいの頃、半年間ほど正社員になってしまい、その翌年、バカ高い税金の請求が来て「なんでなんですか!」と市役所で泣きじゃくったことがある。(分納にしてもらってなんとか支払った)

 

世の中は知らないと損をすることばかりだ。誰も世の中のことなんて教えてくれない。まじめに働いていれば幸せになれるという幻想だけを押し付けられ、太陽のもとでは皆平等であるという嘘の教育を受けて、強制的に税金を徴収される世の中に押し出されていくのだ。

 

少子高齢化社会は、わたしが作った歴史じゃない。こんなに高い税金を支払うのはわたしの責任ではないし、見知らぬ老人に親切にすることを義務付けられても、過重労働で立っていられないほど疲れて電車で眠り込んでいるところを老人に怒られても、もうわたしの足は電車で立つこともできないのだから仕方がなかった。

 

学歴があってもキツイ人生になることもあると思う。しかし、選択肢がない中でキツイ人生だと、絶望する。

 

わたしが起業したのは、他に稼ぐための道が用意されていなかったからである。正直、20代後半で「風俗やりながら医大目指すか」とマジで考えていたことがある。医者になれば人生が変わると思ったからだ。そして、本気でやれば今回の人生でも医者になれると思っていた。わたしは、決めた目標に向かってする努力は嫌いではないからだ。

 

結局、タイミングよく夫と出会ってわたしは起業することができた。

 

仕事はきついけれど、自分の会社だと思うと大抵のことは乗り切れる。誰かさんの言葉じゃないが、仕事を楽しいものにするのは自分次第である。固定給で報酬が決まるのならわたしは努力など絶対にしないが、完全歩合制なら死ぬほど働く。どんなに働いても嫌だと感じない。

 

そうして、「そろそろゆっくりしてもいいかな」と仕事の量を適宜セーブすることも覚え、海外へ行く経験を重ねて、今は海外起業に向けて走っている。何も不満なんてない。

 

 

ただ、世の中には見えない敵がたくさんいて、教わることのないクソみたいな仕組みがたくさんある。知らずに生きていると搾取され放題だ。

 

わたしは日本が嫌いだ。

 

肝心なことをぼかして「察してください」などと言ってのけるずる賢い文化が嫌いだ。変なところ資本主義で、店員に対して横柄な態度を取る国民性も嫌いだ。隣人に優しくない都会の文化も嫌いだ。

 

嗜好品である酒とたばこの会社の偉い人が強い意見を言えるせいで、酒もたばこも「飲んだもの勝ち、吸ったもの勝ち」になっている居酒屋が嫌いだ。狭い店内なら空調に限界がある。屋外テラスならまだしも、なぜ密閉された空間でたばこをOKにするのか意味がわからない。

 

副流煙の出ない電子タバコは素晴らしいと思う。あれはあり。本人はニコチンを摂取できて、吐き出す息はフルーツのような香りがするものがあった。あれは本当にあり。あれを吸う人が隣にいても全然気にならない。さっさとああいうものを世に出せよ。

 

日本以上に学歴偏重の国があることももちろん知っている。しかし日本の国民性なのか、高学歴でない人同士のぎすぎすした空気の職場がとにかく嫌いだ。20代の頃はそういう職場で「うわあ」という場面を何度も見てきた。工場で働いていたときは、もう誰もかれもがオスとメスで、仕事帰りに牛丼食べてラブホテルに行くことしか考えていなかった。誰かとくっついて「つがい」になっていないと存在さえ許されない状態の職場もあった。

 

 

もっとつらいことなんていくらでもあるのは知っている。

 

ただ、わたしは幸せな気持ちで生きたい、それだけだ。

 

宗教でも構わないし、信じられる人、尊敬できる人でもいい。心のよりどころが欲しいと思ってしまう。なぜここまで心が弱ってしまったのか、自分でもわからない。日本が嫌いになった時から少しずつ、わたしの心は弱っているように思える。

 

国会中継を見ていると吐き気がする。何も決めるつもりがないようにしか見えない。政治とはこんなに面倒なものだったのか。生きやすい世の中をつくることは、こんなにも難儀なものであるのか。

 

今はもう、日本の政治に興味さえ失ってしまった。いろんな国へ行って、ここで生きていきたいと思える国に永住し、そこへ納税したいと考えている。わたしの仕事は、わたしにしかできないと今は自信を持って言える。その仕事で稼いだ大切なお金を、ぼんくらな政府に使わせたくないのだ。

 

海外へ行ったら、そういうことも考えながら仕事を進めようと思っている。きっとそうしたら、今よりもう少し世の中のことがわかって、すっきりするだろうと思っている。

 

わたしは、わたしの人生を自分で決める権利がある。

 

搾取ばっかりしてきた日本に義理はない。

 

それじゃあ、また明日。