接客業はつらいよ! あけすけビッチさおりたん日記!

さおりたんは現代に生きる、不器用なジャンヌ・ダルクです。貞操観念はありません。お問い合わせはsaori0118ai2あっとまーくやふーめーるまで。

クラブシンガー時代の親不孝な出来事

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表参道を歩いた。用事があったので仕方なく歩いた。

 

 

街で撮影しているのを見かけた。

誰かが歌声を響かせているのを聴いた。

美しいものを見た。

 

 

心が元気なときは、それを「撮影だね」「歌だね」「美しいね」と素直に言葉にできる。

 

 

しかし、心が元気をなくしているとき、美しいものを美しいと言えなくなる。歌は過去の自身の失敗を思い起こさせるトリガーとなり、撮影は、過去の黒歴史をいくつも思い出させる苦しい時間をもたらす。

 

 

 

「撮影」については本当に何度も苦渋を飲まされている。

 

若い頃のわたしは、生来の気質である「目立ちたがりや」が前面に出ており、とにかく写りたい人であった。

 

そんなわたしへ、時折撮影の依頼が来ることがあった。もちろんわたしの見た目を買われての撮影ではない。接客業について取材させてほしいだとか、過去の経験を記事にさせてほしいとか、珍しいものを所有しているからそれと一緒に…などの取材だ。

 

しかし、そのどれも、わたしの時間を使ったのにも関わらず、後になって

 

「やっぱり掲載されないことになりました」

 

と言われてきた。わたしは雑誌にも新聞にも、一度たりとも載ったことがない。まあ、悪いこともしてへんのやけどな。

 

 

 

 

歌の世界でもひどいことがあった。あるライブバーでクラブシンガーとして歌っていたときのことだった。

 

嘘つきの気質があるわたしは、両親と疎遠になっていた。わたしが「今、歌を歌って生活している」と言っても「嘘ばっかり…ちゃんとアルバイトしなさいよ」と言われていた。「山崎パン、どうして辞めちゃったの?   もったいない」母はそう続けた。わたしは、歌を仕事にしていることを両親に信じてほしかった。

 

 

わたしがライブバーのオーナーにそれを言うと、じゃあ次の水曜に呼んだらいい、と言ってくれた。わたしは久しぶりに両親へ連絡をした。「わたし、歌の仕事してるんだよ! ライブバーで、ギャラをもらってクラブシンガーしているの。だから聴きに来て」そう電話をかけた。

 

遠方から両親が来る。ステージで歌っているところを見せられる。やっとわたしは、嘘つきじゃなくなる!   そう思った。練習にも気持ちが入った。

  

 

約束の日。

 

 

わたしはいつも通り、ライブバーに誰よりも早く出勤した。しかし誰も来ない。おかしいなと思って待っていると、だいぶ遅れてオーナーが来て、

 

「悪いな、閉店だ」

 

資金繰りがどうの、今日から店は開けられないだの、なんだの言われた。

 

 

わたしは両親になんと言えば良いのかわからなかった。今のわたしなら、オーナーの首根っこ引っ張って「今日はぼくが店をつぶしたので営業してませんけど、この人は確かにギャラもらって歌ってました」と言わせて、両親とご飯でも食べて帰ったと思うのだが、当時のわたしは自暴自棄になっていた。

 

 

いいや。嘘つきで。

 

また、嘘つきに戻ろう。わたしは親へメールした。

 

 

「ごめーん、歌を仕事にしてたって、ウソなんだ。ウソだから、お店もないんだ、遠くから呼びつけたのに、ごめーん」

 

 

こんなメールを送って、そのまま帰宅して一人で深酒をして眠った。

 

 

両親は一体どんな気持ちで東京を散策して帰ったのだろう。やっぱりわたしは親不孝な娘だと思う。しかし、あのタイミングで店がつぶれるって、やっぱりあの頃のわたしは運を持っていなかったんだと思う。今のわたしならまずそんなことは無い。むしろたまたま来た団体で満席で、両親が驚くような実力以上のステージを見せただろうと思う。周りもわたしが輝くよう協力してくれたと思う。本当にあの頃は、とことん運がなかった。

 

 

 

わたしは未だに、自分が本当にクラブシンガーをしていたのかわからなくなることがある。あれは、わたしが自分についたウソだったんじゃないか…過去を改竄したのではないか…本当は、山崎パンの工場で働いた後、女しかできない仕事をして、今まで食いつないできただけなんじゃないか。

 

 

わたしはときどき、自分がわからなくなる。

 

 

 

だからわたしは、たっぷり眠って、自信をもって仕事して、胸を張っていないと頭がおかしくなる。

 

靄がかかったような過去の中に、自慢できることなんて何一つない。ただ、人よりたくさんの体験をしたような気はする。そしてどんな時も最悪の対処法を取ってきた自分を知っている。

 

知っているから、今同じことをしている人がいても「ああ、そういう時期か」とスルーすることができる。嘘をつかずにいられない時期。人に本当のことを話す気持ちにならない時期。誰とも関わりたくない時期。かっこつけたい時期。いろんな時期を乗り越えて、人は輝いていく。

  

 

仕事には、センスが問われたり、運が必要だったり、人脈が必要だったり様々な要素がある。わたしは自分にできることを、小さく小さく始めていくだけだ。

 

 

25歳でクラブシンガーだったわたし。

 

 

あの事件以来、基本「取材」と言われるとお断りしている。どうせ騙されるだけだから。取材に一ミリも期待していない。使いたいものを使いたいときに使うだけなんだろうから。

 

そんなことより、今目の前にいるお客さんに「これ美味しい!」って言ってもらえる食べ物を作りたい。

 

「あなたから買って良かったわ!」そう言ってもらえる販売をしたい。

 

 わたしは果てしなく、実務主義なのである。

 

 

 

……でも、靄がかかったような記憶の中。わたしは生バンドで歌っていた自分をふっと思い出すことがある。あれはたぶん嘘じゃなかったと思うんだ。そう思って探してみたら、あったよ。写真。

 

ほら。

 

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あの日わたしがクラブシンガーだったのは、やっぱり嘘じゃなかった。

 

 

両親にステージを見せることはできなかったけれど、わたしはわたしが歌っていたことをちゃんと覚えていたい。そして、いつか本当に好きな歌を、大好きな場所で歌いたいと思っている。

 

 

誰の評価も気にせずに、ただ好きだから歌っていたい。

 

 

でもわたしのことだから、またボイトレに毎日二時間とかかけちゃうんだろうなーwww それもいいか。そろそろ喉使わないと、声が出なくなっちゃう。

 

 

じゃあ、また明日。