接客業はつらいよ! あけすけビッチかんどー日記!

昭和のメスの生き残りとして、ぎりぎりまで足掻く35過ぎ、おんな盛り。特技は人を愛することです。継続性はございません。

もうあの頃の音楽もあの頃の君もここにはいないのに

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どうして「今」あるものよりも「昔」好きだったものばかり取り出して眺めてしまうのだろう。今あるものは今が一番良くて、今生で触れることができる素晴らしいものなのに。

 

どうして電子の世界を通して、わざわざ「自分が思春期だった頃」の歌を聴きにいくのだろう。あれか、心の旅か。

 

 

もうあの頃の自分はいない。あの頃よりもずっと強くなった。一人でも平気になった。人と付き合う流儀を身に着けた。人前で泣かなくなった。

 

もうあの頃の音楽は全部は揃ってない。いくつかの輝きは未だ小さなライブハウスで触れることができて、それはとても大切な時間だけれど、二度と生で聴くことがかなわない音楽もある。それでもわたしはつかの間、「自分が思春期だった頃」の歌を聴くために、電子の世界でライブ日程を調べてチケットを入手し、コンビニにある、発券機でにゅっと出てくるチケットを握りしめて、たまに昔の自分に会いに行く。

 

自分が生きてきた道を思い出すのは好きじゃないはずなのに、「あの頃」という漠然とした時期の歌を聴くと心の琴線がふるえあがって涙が出る。まだ活動を続けてくれているアーティストに感謝の気持ちしかない。

 

つかの間の夢から現実に帰る駅のホーム、少し元気になれたような、やっぱりこのまま死んでしまいたいような、とても複雑な気持ちになる。だって苦しみながら死ぬよりも、幸せな気持ちのまま、死にたいじゃないか。

 

 

もうあの頃の君もいない。わたしを苦しめるものはだいぶ減ったけど、ずいぶん感情が麻痺してしまった気がする。それはとても寂しい。

 

 

若いころ、どうしておじさんたちは昔の歌ばかり歌うのか不思議だった。

 

 

今はわかる。おじさんたちは、今を生きるために昔を懐かしんでいるんだ。わたしも、きっと歳を取ったんだ。

 

最近やっと、毎日ヘッドホンを付ける日々が戻ってきた。帰宅すると必ず何か聴いている。音楽プレイヤーが欲しいと思っている。実はわたしは音楽プレイヤーを一つも持っていない。一時期あんなに聴いていたのに、もう曲名やイントロを聴いても思い出せない。

 

あんなに好きだった音楽の、ほんの一部しか残っていない。

 

 

超有名な海外シンガーの生歌を聴いたこともある。確かアースのフィリップベイリー。あれはギリギリ記憶に残ってる。ビートルズもビーチボーイズもエディコクランも、ロネッツもジャニス・ジョプリンも、最近のだとシャナイア・トゥエインも、コールドプレイもMUSEもいっぱい聴いた。MUSEなんて初来日の小さなライブハウス観に行ったじゃないか。

 

あの記憶はどこへ行ってしまったのだろう。

 

好きじゃなかったのか。

 

 

そんなことない。きっといつかまた取り出してながめられる日が来る。手のひらに乗せて愛するところから始めて、またゆっくり愛しなおせばいい。

 

 

今はまだ、「あの頃」の歌を聴くことで、精一杯なのかもしれない。ときどき「今」の音楽も聴けるようになったから、ずいぶんよくなったのだろう。

 

 

眠る前に何か、一曲だけ聴こう。明けない夜なんて無い。

それじゃあ、また明日。