接客業はつらいよ! あけすけビッチかんどー日記!

昭和のメスの生き残りとして、ぎりぎりまで足掻く35過ぎ、おんな盛り。特技は人を愛することです。継続性はございません。

「好きを仕事にしない」という生き方でチャラく生きる

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こんにちは、性格が楽観的でチャラい、かんどーです。


セブ島語学留学に行って、新しい単語をいくつも覚えました。その中で一番好きな単語は「optimistic」です。楽観主義者、っていう意味です。わたしの性格って、まさにこれなんです。


でも、そうなったのはわりと最近でした。



わたしは20代、30代前半と、とても生きるのが苦しくてつらかったです。死ぬことばっかり考えていた時期もあったし、数年前に人生初のタイ一人旅に行くときも「うまく死ねそうだったら死んで来よう」と思っていました。悲観的な、人間でした。

 



何が変わったのか

死にたかったあの頃からたった数年。何が変わったのか。

答えは「仕事との向き合い方」です。死にたかったあの頃わたしは「好きなことを仕事にしなければならない」と思い込んでいたし、そういう生き方でない自分を「敗北者」だと思っていたんです。


今でも「学歴の無い人はサービス業に行くしかない」「学歴の無い人は営業、サービス、肉体労働に行くしかない」という言い方をする人が多くいます。下手したら現実社会でもそういうことを言ってくる人がいます。

わたしはその人たちを嫌いになりすぎてしまって、その流れで「学歴が無くてサービス業をしている自分」も一緒に嫌いになってしまっていたんです。



サービス業って単純労働なの?

あるとき、自分で自分に問うてみました。わたしのしている接客、サービス業は単純労働だろうか? 誰にでもできる仕事だろうか…? と。


幸いなことに、その悩みに立ち向かっていたときのわたしのそばには、素晴らしいスタッフさんがたくさんいました。ウチの従業員も、クライアント様も、魅力的な人ばっかりでした。何日か悩んだのですが、わたしの中で答えが出ました。


「サービス業は簡単な仕事ではない」
「簡単な仕事だと思っている人は、仕事をなめている」
「ウチの会社のサービスを超一流にして、誰にも文句を言わせない仕事をしてみせる」


そういう気持ちになったのです。


念願はある程度かない、ウチは接客業の会社として認めてもらえるようになっていきました。わたしも出られる限り現場に出て、お客さんに怒られる体験を積み重ね、どうしたらクレームを防げるか、起こってしまったクレーム対応をどうするかを頭と体の両方で考えました。


そうしていると、仕事に対して少し余裕がうまれました。


嫌なクレーム(わたしに非が無いのにただ文句を延々と言うようなタイプの)のお客さんが来ても、なんというか「一番早くその人が諦める対応」ができるようになったのです。捨て台詞として「お前に言っても無駄だから帰る!」とか言われることはありますが、わたしの前からは去ります。

クレーマーの人って、自分の話を真摯に受け止めてショックを受けてくれそうな店員を選ぶので、ろくに話も聞いてくれず、申し訳ありませんとも言わない店員とは話がしたくないのです。わたしも、だれかれ構わず文句を言いたいだけの人より、機種を選びに来たお客様の接客に入りたいので、この選別は仕方がないと思っています。



わたしは接客業が好きではない

何度も言っていますが、わたしは接客業が好きではありません。可能なら人と話さなくて済む仕事をやって一日を終えたい。工場で作業するのも好きだし、荷物運びみたいな仕事も好き。

資料を集めてきてプレゼン用の企画書を作るのとかもわりと好き。文章書くのは言われるまでもなく大好き。

接客業は、時間があっという間に過ぎるというメリットはありますが、人って自分の思うように動いてくれません。ものすごく大変な仕事です。でも、わたしはそれが続けられているんです。大変な仕事だとわかっているけれど、もう15年以上やっている。たぶん、才能があるのだと思っています。



「好き」を仕事にしないから搾取されない

大事なことだから最後の方に書くけど、わたしは接客業に特に夢も希望も持ってません。自分にとって得意だから仕事にしているだけです。そういう人間を集めて会社をやっているだけです。

でも、このスタンスがいいんです。
たまに、こんな案件が来ます。


「外国人のお客様対応あり! 語学を生かして働ける人募集!」
「高級〇〇の受付業務! 接客のプロだからこそできる仕事!」


ウチにこういう案件をやらないか、とお話をくださるんですね。それ自体はとても嬉しいことです。でも一度も請けたことがありません。単価が安いんです。今やってる携帯の販売よりずっと安いから、物理的に請けられないんですよ。

たぶん、上記の仕事は「やりがい」が感じられて、たとえ安くてもやりたい人が多い仕事なのだと思います。だから単価を上げる必要がない。それならウチはやらなくていい。ウチの会社には、やりがいが欲しくて働いている人はいないから。


もちろん、今やっている仕事の中にやりがいを見出しているからこそ続けられているのだと思います。しかし、ちょっとカッコイイ仕事だから、やりがいが感じられそうだからという理由で、「給料が下がってもいいからキラキラした仕事がしたい」というスタッフはいないのです。


わたしは、仕事に対して常にシビアです。やりがいなんて後付けの心境みたいなものだし、どんな環境に置かれたって感じることはできるんです。わざわざ自分の単価を下げに行く必要はありません。



「好き」を仕事にすると「やりがい」に目がくらむ

しかし、好きなことを仕事にすると、一瞬にして「やりがい」に目がくらみます。本当に不思議です。。

わたしの場合だと、書くことを依頼されると、どんなに単価の安い仕事であっても「この仕事をしたらこういうスキルが身につくかも…」「この仕事で成果を出せたら別の依頼が来るかも…」と変な期待をしてしまうんです。でも自分で決めた単価以下の仕事は請けないです、自分の文章の価値が下がるから。そして、周りの頑張ってるライターさんの価値も下げてしまうことになるから。(のどから手が出るほどやりたかった仕事断ったときは泣きそうだったw)


歌を仕事にしているときもそうでした。ものすごい人数が集まるステージだから、と呼ばれて歌いに行ったら無給だったことがありました。「ギャラは出ないけど、ここで自分の名前を売ったらいいよ」とクライアントに言われたときは、何これと思いました。以降はギャラを確認してから受けるようになりました。そんな態度だったからか、わたしへの依頼はかなり少なかったですけど。でもあれで良かったと思ってます。

結局、ギャラの交渉に疲れきって歌をやめたんだけどね。




結論、「好き」を仕事にすると、一生懸命になりすぎちゃうんです。

「あ、その条件なら自分やらないス」

みたいなチャラさが出せなくなる。今のわたしはチャラいです。体調が悪かろうが、「仕事なんでやるっす」と現場に出て、「体調悪いっすw」と言いながらもせっせと現場こなして、疲れたら「疲れたッスー!」と盛大に疲れるw


もちろん仕事は一生懸命やるし、絶対に穴を開けない。けど、どこかチャラくやっていられるのは、仕事と自分の距離が絶妙だからだと思っています。わたしはこのまま、チャラく仕事して50代を迎えたいって思ってます。

 


適度にチャラい人の方が仕事頼みやすいみたいよw


とりあえず、仕事終わりでたこ焼きとビールをかっくらって良い気分でこれを書きましたw

 


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それじゃあ、また明日!