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接客業はつらいよ! あけすけビッチかんどー日記!

昭和のメスの生き残りとして、ぎりぎりまで足掻く35過ぎ、おんな盛り。特技は人を愛することです。継続性はございません。

子どもと接していると、子どもに優しくなるかもしれない

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こんにちは、実は幼稚園教諭と小学校教諭の免許を持っている、かんどーです。


わたしは少し前まで「子どもがきらいな人」と周りに思われていました。お客さんが子どもを連れてきていても、とくに子どもに絡まなかったし、子どもとどう話せばいいのかわからなかったので、存在を無視していた……というのが正直なところです。

子どもと話すには、スイッチを「子ども側」に向けて切る必要があって、昔子どもと接する仕事をしていたときは、そのスイッチの場所が自分でわかっていたので「パチ」と押して仕事をしていたのですが、今はうまくスイッチが入りません。



そんなわたしですが、近所のご家族と親しくなり、そこのお子さんがうちへ遊びに来るようになって変わりました。


何を見せても目をキラキラさせて眺める。
初めて見るものに興味を持つ。
「性善説」が成立しうる。←ここ重要!


仕事をしているときのわたしは、性悪説で動いています。人は結局悪いことをするもの、という人の弱さや悪さに寄り添って考えています。その上で、どう動けばいいかと考えているのです。(わかりやすい例だと、一人でカフェに行ったとき、席に荷物を置きっぱなしにしたら盗まれると考えています)


さて。子どもと接した翌日。


出勤のため朝の電車に乗っていました。この日のルートは地下鉄を使いました。土日なのでたいして混んで居なかったので、ドア横に立って本を読んでいました。

反対側のドア横にベビーカーのお母さんが乗ってきました。子どもは一歳くらい。地下鉄のゴオーという音がいやなのか、すぐにぐずりはじめました。いつもなら「読書に集中できないな、嫌だなあ」と思うのだけど、この日は違いました。

ぐずる子どもを見ていると目があったので、ニコッと笑って「お外見えなくてつまんないよねえ」と声をかけてしまったのです。。ただの子ども好きなおばちゃんになってしまいました。。

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人は、ふだんの生活圏内に子どもがいるかどうかで、ずいぶん変わるものだなと思いました。今は子ども可愛いと思う。



生活の中で、子どもと触れ合う機会があれば、そこそこみんな子どもに優しくなるんじゃないだろうか。

よく「子どもに関わる仕事をしている人は子ども好き」なんて「的を得ていない善人説」が出回るけど、あれも違う。ふだん接しているものとは接し方がわかっている、という技術的、脳内プログラムの問題。

ふだんから仕事で料理をしている人は手際が良いし、仕事で子どもに接している人は自然に子どもと接するスキルが高い。


そういうことを「母性」とかと結び付けるのは全然違うから、いい加減国は「子どもと接する機会」を考えたらどうかと思う。具体的には、社会人に対する任意参加の育児ボランティアなど。地域の行事としてそういうものが機能していなくても、年に一日でいいから子どもと接する機会をつくると良いと思う。


子どもに優しくできるのは、その人が優しいからじゃない。「子ども」がどんな生き物なのかをわかっているからなんだ。


ただただ「子どもに優しい社会を作ろう」なんて言っていても、世の中は変わらないと思った。ウチへ遊びに来てくれる子どもは、わたしの世界を変えてくれた。


こんな小さなことで世界が変わるのかと思った。



それじゃあ、また明日!


★今日の過去記事

 

自分のことは自分でほとんど決められるんです。

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わたしはバリウムをやらないまま今回の人生を終えそうです。

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まさにこれですね。

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