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接客業はつらいよ! かんどーのよもやま日記!

趣味はスポーツクラブでグループパワーに参加することと走ることです。仕事は接客業です。しばらく下ネタは封印します。

「よそもの」と言われることに慣れた子どもの人生

生き方・働き方

 



こんにちは、かんどーです。


今日は鬱記事です。幼少期に「よそもの」と言われたことを思い出したので、それを書きます。


参考
よそもの 余所者
他の土地から移って来た人。また、仲間でない人。「―扱いをする」
出典:デジタル大辞泉


村八分、ほど強くないけれど、確実にある「よそもの扱い」。これはとてもゆるく人の首を絞めていく集団の怖さがあります。わたしは未だに、幽霊より生きた人間が集団で洗脳されている状態の方がダンゼン怖い。

目的が定かな幽霊のほうが、集団心理で動く人間よりはるかにマシなんです。


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★★★


転校の多い人生を送ってきました。小学校が3回、中学校が1回かわって、中学と高校の間にも引っ越しがありました。(この時期の引っ越しにより、中学時代の周囲と隔絶された受験となり、相対評価の影響が一切なくなったため最底辺高校に行くことを恥と思わなかった経緯がある)


小学校の頃、わたしは九州のある地に住んでいて、そこはとても「地元」意識の強い場所でした。地域のおまつり、クリスマスには誘い合わせて教会に行ってパーティーをする、いわゆる「芋煮会」が機能している町でした。商店街もあったよ。うざかった。


子どもの頃のわたしは、この排他的な空気がものすごく嫌でした。商店街では、顔なじみだからおまけがもらえる、そんな世界がとても嫌だったのです。

親もその空気が嫌だったのか、最初はスーパーに行ってみた記憶があります。当時あの近くにあった唯一のスーパーは商品の鮮度が悪くて、結局商店街を使うようになった気がします。スーパーのりんごを買ったら、中が腐っていたのを覚えています。クレームなんて言いに行ける空気ではありませんでした。りんごを捨て、商店街へ行く決意を固めるのみでした。


この世界において「よそもの」は一番弱い立場、そういう空気でした。おまけをしてもらえない、どこの子かわからない子どもは頭をなでてもらえない、ふざけても許してもらえないのです。



小学生くらいの頃、周囲の子どもにまぎれて商店街や公園を走り回っていたわたしは、よくこんなことを言われました。

「どこの子ね?」

わたしは超高速でしゃべる子どもで、そこの地方のなまりがなかったので、どこに住んでいる、という内容のことを話しても、

「何言っとるかわからんね、ほっぽっとき(無視しておきなさい)」

と言われていました。子ども同士の間にあったボーダレスな友情は大人によって隔てられ、わたしは孤独な子どもになっていきました。地域社会において孤立している、と子どもながらに感じました。



ここで生まれて、赤ちゃんの時から知っている子ども以外は、よそものの子どもなのです。



父には仕事というコミュニティがあったし、母もそのうちに近所でパートをしたり習い事をしたりして、ゆるくコミュニティに所属することをしていたようです。でもそれは、子どもの世界では「遠い場所」のコミュニティでした。わたしの世界は、おなじ団地の子どもとか、おなじ町内会の子どもに限定されていたので、その場所で「よそもの」と言われたら、よそものなんです。

それを防ぐすべはなかったし、どうせそのように言われるのなら、そのような行動を取ってやればいいというあまのじゃくな気持ちが出てきました。不良にはなれないけど、大事なものを隠してやったり、みんなが育てた花や実をもいで捨ててしまったり、問題行動を起こすようになっていきました。

問題行動を起こしても、わたしなら「あー、あの子か」と納得されます。どうせわたしが悪いことをしなくても、その地で起こった悪いことはわたしのせいにされます。(疑いをかけられるのです)それなら、自分でした悪いことをどうこう言われる方が納得がいったのです。やってもいない罪を着せられるのが一番イライラするから、誰かがする前に、悪い行動をどんどんすすんでやっていきました。ガラスなんて何枚割ったかわからない。



★★★



時がたち、中学、高校、短大、社会人へと成長しました。

今のわたしは、幸い「よそもの」と言われて罪を着せられる生活はしていません。しかし、わたしは住まいを選ぶときや付き合う相手を選ぶとき、それらが「どの程度地域社会に密着しているか」を異常に気にするようになりました。

不動産選びの優先順位として「町内会が強制参加ではないこと」「住人同士の距離感があること」が最優先に来るあたり、トラウマになっているのでしょう。


もっとも今なら、もう少しうまくやれるかもしれません。社会的な自分だけを玄関の外に出せばいいのだから、仕事だと思えばできそうな気もします。仕事だと思ってマンションの玄関から一歩出たら笑顔をつくり、適度に地域のことを考え、生活を大事にし、物事を広く深い知見でもって見るようにした結果、地域に根差した政治家とかを目指すかもしれません。極端ですが、そういうことです。


わたしにとって人生は、後ろ指をさされながらも自分にわがままに身勝手に生きるか、自分を抑えて小さな社会でのし上がっていくかのどちらかです。


今はちょうどその過渡期なのかもしれません。


何をしても自由な「若者」ではなくなった大人の、大人だけの世界が少し見えてきました。さあ、この世界でわたしはどうやって生きて行こうか。



余談
わたしが旅を愛するのは、地域に愛されるよそものとしての生き方がそこにあるからです。どこへ行っても、愛されるよそものでありたいという小さな願いの投影です。

旅人は自由の象徴です。旅をすること自体が人生の目標になっている。彼らに「なぜ旅をするのか?」とはあまり問わない。あたりまえのように旅をすることがゆるされる世界が「旅」にはある。今の社会が旅に対してちょっと甘いというだけの話なのだけど。

わたしはその空気を読んで、今許されそうなスタンスを取るために旅をしている、ただそれだけなのかもしれない。もしも時代が「家でゴロゴロする人を許す」風潮であったなら、わたしは旅をしないで家でゴロゴロしていた気がする。



とめどなく書いてしまった。


それじゃあ、また!


★今日の過去記事★

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