読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

接客業はつらいよ! かんどーのよもやま日記!

趣味はスポーツクラブでグループパワーに参加することと走ることです。仕事は接客業です。しばらく下ネタは封印します。

【寄稿】また来年京都で会いましょう/「心に火を、指先にペンを」コトリ様より

旅・ホテル・外食など

 

九州の片田舎が出身だと帰省も一苦労だ。

 

年末年始の繁忙期に帰ろうもんなら航空券だけで7万円以上する。東京の友人にこのことを言うと「外国行くほうが安いわ」といつも馬鹿にされるが事実だからしょうがない。(俺の貯金が中々貯まらないのはきっと帰省のせいだ)と財布の紐がゆるゆるなのを棚にあげる理由にもなっている。

 

年齢を重ねると地元の友人も年末年始は家族で過ごすことも多くなってきた。せっかく地元に帰っても四六時中遊んでくれる友人はいない。みんな地元に生活の基盤があるので仕方がない。そんな状況で冬休みを地元でダラダラ過ごすのもなんだかもったいねーなーと悶々としていた。ムラムラではない。

 

日本中の友達に久しぶりに会いたい

僕が通っていた大学は横浜の大学であり首都圏の大学の中でも地方出身者が多いのが特徴だった。卒業後はそのまま東京に残る人もいるが結構な確率で地元に帰省し働いたり、大企業に就職するも地方に飛ばされたりしていた。

 

ようするに卒業以来会えていない友人が日本中に散らばっていたのである。「またどこかで」と卒業式で約束した友人たちのうち実際に会うことができる友人は何人いるだろうか。みんなわかっていても口にはしない。マタアウヒマデ、マタアウヒマデ…

 

「せっかくだし日本中の友達に会いながら地元へ帰ろう。」

 

金ないし青春18切符を購入し友人に会いながら地元へ帰ろう。これはナイスアイデアだと思った。やるなら独身の今しかない。東京→名古屋→京都→福岡→宮崎 (地元)。飛行機でなら1時間半で帰れる距離を3泊4日も無駄に使う日本横断(鈍行)の旅だ。僕は無駄が大好きだ。幸いにも僕は根暗だし一人の時間はまっ たく苦じゃない。28歳の冬休みの予定が決まった。

 

立寄る先々の人間に声をかけ予定を埋めていった。

 

旅は道連れ

一人の時間は苦じゃないと先ほど言ったがあれは嘘だ。想像を遥かに超える長時間電車に乗っているとおしりも痛くなる。特に名古屋を目指してる鈍行の中の静岡県の横波の長さには結構やられた。心の中で静岡のことを「オーストラリアかよ」とずっと罵倒していた。オーストラリアには行ったことはない。

 

名古屋には大学時代の一番の親友が働いていた。それ以外にも何人か後輩がいたため、一緒に名古屋城に行ったり飯食ったりした。「明日は京都へ行く」と告げる と親友と後輩の一人が「明日暇だからついていく」と申し出てきた。(みんな暇なんだな)と思ったけどそれは口にせず、いい加減一人で電車に乗るのにも飽きていたので連れて行く事にした。しかも、親友が車を出してくれたおかげで名古屋-京都間の旅はめちゃくちゃ快適だった。名古屋から京都って結構近い。車最高。

 

京都へ集結

京都ではまた別の友人と合流した。僕にとって唯一の女友達でもある。その友人は広島に転勤で働いていたけど京都の魅力にハマり頻繁に京都へ滞在していた。もともと広島で会おうと思って連絡したら「その日は京都にいる」と言われたので「じゃあ、京都でええわ」と約束していた。それ以外にも別の友人を「この日京都で遊ぼう」と埼玉から呼びつけておいたので東京、広島、埼玉、そして名古屋の道連 れ二人と日本中に散らばっていた友人が年の瀬に京都へ集結した。

 

「日本中から京を目指す」

 

まるで幕末みたいじゃないか。僕らには「日本をどげんかせんといかん」という気概は全く無いがその日を面白おかしく生きたいという気概だけはあった。

 

そして何より京都は素晴らしかった。

 

日本中に散らばっている友人たちの待ち合わせ場所として京都の公平感は半端無かった。ちょうど中間といっても良いような立地だった。歴史のあるこの街は他所者の僕らを受け入れてくれてる感じがした。多分気のせいだけども。久しぶりの友人たちと近況を報告しながら遊ぶ場所が京都というのは本当に完璧だった。

 

清水寺も、哲学の道も、金閣も、銀閣も素敵だった。仏像が千体ぐらいいる寺は圧巻だった。京都にずっと会えていなかった友人たちと一緒にいるその時間はほんとに貴重だった。

 

夜は四条烏丸のお店でご飯を食べた。美味しんぼで山岡が海原雄山に負けた後に寄るような店で非常に趣深い店だった。またこの店に来たい。そう思った。お店の名前は「真心」といったが名前通りの店だった。

 

そして夜が更けていった。

 

また来年京都で会いましょう

京都は次の日から大雪で美しい街並みは雪景色へと変貌していった。友人達はそのまま京都に残ったり、家に帰ったりとそれぞれの休みに戻っていった。僕はというと福岡で別の友人に会い地元へ帰った。

 

いつ帰れるか検討ついていなかったため特に親に何も言わずにいきなり帰ったら「帰ってくるんだったら連絡ぐらいしろ」と28にもなって怒られた。

 

 

さてさて、実はこの経験が忘れられなかった僕らは翌年にまた京都に集結した。今度は新幹線で行ったけども。同じように京都を堪能し、夜は真心に行った。その翌年以降はそれぞれに家庭ができたりでやれていない。

 

でもいつかそれぞれの家庭が落ち着いたりタイミングがあえば友人たちと約束できればいいなと思っている。

 

「また来年京都で会いましょう」

 

と。



―――――――――――――――――――――――――――


寄稿してくださった方:コトリさん

コトリさんのブログ

www.kokoro-fire.com





コトリさんの「旅」がぎゅっと詰まった記事。かんどーが感動した一文。

日本中に散らばっている友人たちの待ち合わせ場所として京都の公平感は半端無かった。ちょうど中間といっても良いような立地だった。歴史のあるこの街は他所者の僕らを受け入れてくれてる感じがした。

 
この感覚は、京都で日本中に散らばった友達と会った人じゃないと言い表せないのかもしれない。でも、なんだかわかる。旅をしていて、旅人を公平に受け入れてくれる場所というのがある。


旅は、思い立ったら行くのがいいと個人的に思っています。行けない時期というのが必ずあるので、行けるときに思い切って行くのがいい。こんなに素敵な思い出もできる。

わたしも旅の思い出をなにか書いてみたくなりました。そして、また旅に出たくなりました。


コトリさん、ありがとうございました!


それじゃあ、また明日!



f:id:keisolutions:20160425013821j:plain

http://photo53.com/  「京都フリー写真素材」

 

 

follow us in feedly