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接客業はつらいよ! かんどーのよもやま日記!

趣味はスポーツクラブでグループパワーに参加することと走ることです。仕事は接客業です。しばらく下ネタは封印します。

アルコール依存症の生活がものすごく辛かった話~後編~

生き方・働き方

 




こんにちは、貫洞です。


昨日から書いている「アルコール依存症の生活がものすごく辛かった話」の続きです。これで完結します。長文です。

 

keisolutions.hatenablog.com

 



 

アルコール依存症で苦しんでいる方、何かしらの依存症で苦しんでいる方は、フラッシュバックしてしまう可能性がありますのでブラウザバックをお願いします。




それでは、昨日の続きです。改行しますね。

 

 

 

 

 

 








◼︎バイク事故で死にかける
 
その後もアルコールを飲んで過食する癖は、ひどくなるばかりでした。
 
焼酎1.8リットルのペットボトルは、3日しかもたなくなりました。まずビールを飲んで、それから焼酎をガブガブ飲むのです。まともな意識があるのは焼酎2杯目くらいまで。そして、まともな意識を飛ばしたくて飲んでいたので、最初の3杯はほぼイッキ状態で流し込んでいました。
 
 
いい具合にわけがわからなくなったところで過食。夜中にコンビニに行ってロールケーキ、サンドイッチ、ポテチ、チョコ、菓子パンなどを買い込み、満足するまで食べてから寝る生活でした。
 
そして翌朝、自分の食べた量に驚愕し、カロリー計算して青ざめるのです。毎日毎日がこの繰り返し。



その日の朝は特に前夜の過食がひどかったらしく、起きたら胃もたれがひどい。相当な量を食べてしまっただろうと思い、わたしは焦りました。なんとかしないと。そうだ、食べた分を帳消しにしてくれるサプリを買いに行こう、ドラッグストアに行こう。たっぷり寝た後だったので、わたしは原付にまたがり、少し飛ばし気味にドラッグストアへと向かいました。
 
原付は通勤にも使っていたので乗りなれていました。しかし過食のせいか気持ちが悪い。頭がふらふらする。なんでこんなに毎日、体調が悪いんだろう。
 
 
スピードを少し上げると、顔に当たる風が気持ちよくて、少し気持ちが紛れました。そのまま一本の長い直線を走り続けていると、ふいに涙がこぼれました。


(なんでこんな生活になっちゃったんだろう…みんなでご飯を食べたり、おしゃれなバーに行ったり、そういうふうに食べたり飲んだり、したかったな…)


風に吹かれて流れる涙。初めて自分の本音と向き合えた瞬間だったかもしれません。気心の知れた友達がいればすぐに気づかせてくれたのかもしれません。でもわたしは、ずっと一人でこの秘密を抱えていました。
 
 
疲れ切った心に、ひとすじの光を射してくれたのは、自分で運転する原付で感じた、風だったのです。


風は、わたしの心のおかしな部分を全部ふわっと撫でていきました。ここはおかしいよ、これもおかしいよ…心の中に風が吹きわたってきます。ああ…生きなおしたい…わたしは全身で風を感じていました。瞬間、気が抜けたのでしょうか。


ガツン! ドン! ガシャ…

一瞬の不注意で、わたしは転倒してしまいました。縁石に乗り上げ、タイヤが滑って転倒。地面に叩きつけられました。原付で転んだのは初めてでした。ハーフのヘルメットだったので、顎が地面にたたきつけられ、顔のかたちが変わっている気がしました。痛みより驚きと、頬に伝わる地面の冷たさがリアルでした。
 
 
近所の人が何人か集まってきました。心配して救急車を呼ぼうとしてくれました。わたしに意識があることを確認すると、ある女性が
 
「お仕事行く途中だったのかしら?」
 
と聞いてきました。いえ…わたしは過食したからカロリーをカットしてくれるサプリを買いに行こうとしていただけです…そう思った瞬間、理由を言いたくない、逃げたい、消えたいと思いました。
 
わたしは手をついて体を起こし、ズキンズキンと痛む膝を確認しました。骨は折れていないようでした。アゴがなんかひどいことになってるみたいだったけど、ティッシュを貼り付けて止血。明らかに肉の形が変わっているのが手触りでわかりました。それでもその場にいたくなくて、誰にも見られたくなくて、原付を起こし、無理やりエンジンをかけ、今来た道を自宅まで引き返しました。
 
 
階段が上れないくらい、全身が痛みました。腕も、足も、顔も、ものすごい痛みで動かせません。それでも何とか5階までよじ上り、部屋に入ると床に倒れこんで、数時間眠りました。眠ったら、このひどい現実のうちいくつかは夢であってくれるかもしれない…そんな風に思ったのです。
 
 
ひとり、目を覚ましましたが、痛みと腫れはひどくなっており、すべてが現実でした。外は真昼の明るさ、晩秋だけど気温はあたたかく、生ぬるいすきま風が、床を這うように流れ込んできました。体が鉛のように重く、あちこちから降ってくる痛みが不安をかき立てました。一番傷が深いのは顎だということは確かでした。
 
姿見の鏡の前に立つと、擦り傷だらけの顔と手、薄手のダウンジャケットは破れ、黒いパンツは砂ぼこりで汚れていました。そして、顎は横にパックリと開いて、血の塊ができていました。
 
 
病院に行かないとどうにもならないと思い、自力でタクシーを呼び、総合病院へ向かいました。
 
 
 
 
 
◼︎優しい病院
 
この病院が良かった。応急処置をしてくれた先生は無口でしたが名医のようで、顔に傷が残りにくい縫い方をしてくれました。2つに割れた顎は、ひとつにもどりました。輪郭もそこまで崩れてない。先生は縫い終わると、ふうっと天を仰ぎ、「お酒、結構飲んでるのかな。答えなくてもいいから、体を大事にしなさいよ」と言うと処置室を出ていきました。
 
その後の問診を担当してくれた先生も、なぜバイクで転倒したのか、わたしが口ごもるとそれ以上追求しないでくれました。
 
病院には、しばらくの間毎日通いました。消毒、ガーゼ交換、縫合の手当てのためです。
 
ガーゼを交換する時はものすごい痛みでしたが、医師も看護師さんも、痛みの伴う治療中も明るく明るく接してくれました。たった一人で暮らしてきたわたしにとって、近所の病院に居場所ができたのは、すごく嬉しいことでした。
 
 
「きついかも知れないけど、そんなヒョロヒョロじゃ体がまいっちゃうよ。すこーしでいいから何か食べてね」
 
「あなた運いいねえ、応急処置すごくきれいに縫ってあるから、多分傷ほとんど残らないよ。○○先生、ムスッとしてるけど、あなた女の子だからね。一生懸命やってくれたのがわかるよ。あなたお化粧上手そうだし、顔は大丈夫だよ」
 
 
わたしのアルコール依存性も、過食も、見た目を気にしすぎていることも、会話の中ですぐにわかったようで、お医者さんも、看護師さんも、受付の方までもが、ただただ優しかったんです。ひとりで暮らしていることも気遣ってくれました。特にいつもガーゼを換えてくれた若い男性医師は(○○先生の応急処置きれいだよ、といった先生です)、いつもこぼれんばかりの笑顔で「痛いか! がんばれ!」とまるで芸人さんのようにテンション高めに励ましてくれました。わたしは痛いのに、いつしか笑っていました。

 
人がこんなにも優しいということ、仕事をしている人が美しいということ、人は人を変えられるということに、だんだん気づいていきました。

 

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(この人たちは、毎日こんなにたくさんの人を勇気づける仕事をしてる。わたしはお金と自己顕示欲のためにしか生きていなかったけど、こんな世界があるんだ…)
 
 
わたしはこの病院で、それぞれがそれぞれの仕事でしっかりと咲いていることを肌で感じました。この感動は、当時は言葉にならなかった。
 

「元気な体さえあれば、人間何だってできる。自分を苦しめる生き方じゃなくて、人を助ける生き方がしたい」
 
大体、こんなことを考えていました。普通の人が学生時代に学び終えているであろうことを、26歳にしてこの病院で学んだのです。その思いは、どんどん昇華していきました。
 

「今回の人生は、自分にできることを精一杯やって人の役に立つ仕事をして生きよう。そして次の人生では、わたしは絶対医者になるんだ」
 
 
こう決意したんです。わたしは来世、きっと医者になります。どんな国に生まれても、絶対にあきらめずに、医者としてたくさんの人を助けたいと思っています。
 
今回の人生でこれから医者を目指したら、恩返しする前に人生が終わってしまう。だから次の人生で医者になろう…なぜかわたしは、すんなりとこの理論でもって自分を前に進めることができたのです。
 
 
「傷に悪いから、お酒はだめよ」

初日に病院の人に言われて、ビールも焼酎もすべて、流しに捨てました。(あると飲んでしまうからです)ものすごく久しぶりに、お酒無しで眠る生活を、取り戻しました。傷が治ってからも、お酒を買おうとは思いませんでした。


怪我が治った頃、わたしは断酒会に参加しました。飲まない生活を守りたかったのです。お酒に依存しなくなってからは、ランニングや筋トレにハマりました。依存じゃなく、ハマる。楽しむ。生き方がくるっと前向きになりました。


 
 
 
 
 
…わたしがアルコール依存症の闇から抜け出すまでの話は、これでおしまいです。
 
 
 
 
 
何年か飲まない生活をしたあと、わたしはお酒を頑なに飲まないスタイルをやめました。普通に何杯か飲んだこともあります。たぶん、人生でこの時だけじゃないかな。普通にお酒を飲んだのって。この優しいお酒は、ほとんど夫と一緒に飲んだワインです。夫の愛するワイン。ワインは、口の中に花が咲くような、夢のような飲み物でした。
 
 
 
 
 
 
再飲酒なんて…と顔をしかめる人もいるかも知れません。でも、これがわたしのアルコール依存症発症から現在までの、本当の話です。
 
アルコール依存症は、飲まずにいられない!  という心の闇です。依存物質を断つことで健全な精神を取り戻せたら、そのあとはそれを必要以上に怖がらないことが、わたしなりの「回復」でした。
 

追記すると、さらにその後の人生でわたしは胃を壊します。今現在も胃弱体質で、小食だし、お酒はビールコップ一杯しか飲めません。人生ってうまくできているなぁと思います。きっともう、一生分のお酒を飲んじゃったんでしょうね。ギリギリセーフで、夫とワインを飲むことができてよかった。わたしたち夫婦の走馬灯には、一緒に飲んだワインの思い出がきっとある。



実は今でも、顎の傷は消えてない(よく見るとわかる)し、傷がうずくこともよくある。だけど、この傷がしっかり隠れるファンデーションを見つけた。素顔のわたしには傷があるけど、傷のある顔も今では好き。


わたしはもう、お酒がこわくありません。
 


長文にお付き合いいただいて、ありがとうございました。それじゃあ、また明日!



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