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接客業はつらいよ! かんどーのよもやま日記!

趣味はスポーツクラブでグループパワーに参加することと走ることです。仕事は接客業です。しばらく下ネタは封印します。

インターネットに対する恨みとわたしなりのリベンジ

小話・小ネタ

 

 




こんにちは。仕事は接客業、趣味はランニングと読書の貫洞です。


ここ最近、生理前でもないのになぜだか心がざわつきます。なぜなのかは自分でもわかりません。もしかしたら、先日この記事を書いたことによって「揺り戻し」が来てしまったのかもしれません。

keisolutions.hatenablog.com



また、タイ旅行中に、負のオーラが強い場所ばかり行ったことも起因していると思います。(ものすごく興味深く見学できたので後悔はしていませんが)

 



今日は、わたしがインターネットに対して持っている積もり積もった積年の恨みともいえる感情を書かせていただきます。そして、どのように決着をつけたのかも書きます。


初めてこのブログを読む方へ
わたしはADHD(多動性注意欠陥)と診断を受けており、得意分野では能力を発揮しますが、初めてやる動作を覚えるのが異常に遅かったり、そのわりに一度覚えたことは誰よりも速く行えたりします。説明が難しいですが「頭が良いように見えたりバカに見えたりする変な奴」みたいにイメージしてくれればと思います。接客業は得意分野なので楽しくできています。


では、ここから本題です。





■つながらなかったインターネット


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わたしが昼間働きながら夜間の短大に通っていたころのことです。

「iMac」というものが発売されました。当時の価格で16万円くらい。CMもたくさんやっており、「箱を開けたら1分でインターネット」といううたい文句がありました。


わたしは「インターネット」という言葉にすごく惹かれました。学校になじめなかったわたしは、別の世界があるならそこへ行きたいという思いが強かったのです。ふだんは空想の世界に行っていましたが、そこではなくて、もっと自分だけの、あたらしい場所がほしかったのです。わたしは「インターネット」に強く興味を持ち、ありったけのお金をためて初期の「iMac」を買いました。(記憶が薄いけど、確かお給料で買った気がします、お給料1か月半分くらいでした)


近所の電機屋さんで買いましたが、説明は何度聞いてもチンプンカンプンでした。とにかくこうしてこうすればインターネットできるから、みたいな説明で、ほしい気持ちが上回って、とりあえずこれを購入したのです。


何時間がんばっても、インターネットにつながることはありませんでした。

トップページからできるのは、少しのテキストを打てることと、「インターネットに接続していません」の文字を見ることだけでした。携帯もポケベルも持っていなかったわたしは、機械自体さわるのが初めてでした。なんとかしてインターネットに繋ぎたくてお店に聞きに行ったりしましたが、とうとうこのiMacがインターネットにつながることはありませんでした。



わたしの両親は「メカのことはわからない」と全く頼りにならず、友達もいなかったので(特に当時は女子高しか通っていなかったので、男の人の知り合いすらいなかった)、あきらめてiMacはすぐに売ったか捨てたかしました。インターネットにつながらないまま、iMacとはお別れしました。





■もういちどインターネット

それから2年ほど経ったでしょうか。とある仕事で上の人がいつもパソコンでインターネットをしていました。やっぱりインターネットがしたい、そんな思いに火が付き、これを買いました。

vaioのC1です。


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このくらい小さければわたしでも扱えるだろうということで購入。やっぱりお店で説明を聞き、インターネット接続方法を再三確認しましたが、やっぱりちんぷんかんぷん。ホームボタンから開けるモノがiMacより多かったので多少使いやすかったものの、結局インターネットにつなぐことはできませんでした。

 

恥ずかしいですが、わたしは人より理解力が低く、特に、今までしたことがない作業についてイメージする、という能力が著しく欠落しています。

変な話ですが、泳ぎも自転車も逆上がりも縄跳びの二重飛びもできない子どもでした。それでも、溺れさせてくれた先生がいて、その人のおかげで体で泳ぎを覚えられました。自転車も、坂道で背中を押して転がり落としてくれた人のおかげで乗れるようになりました。体で覚えた動きだけはできるのです。理屈をいくら言われても、体の動きに結びつかないのです。

 

インターネットも、つながるイメージが描けなかったので、イメージを作業に落とし込むことができなかったのです。お金かかってもいいから、接続までサポートするサービスを紹介して欲しかったです。。







■頭にきてインターネットの専門家になった


この時点で相当頭に来てました。

こういうときに頼れる友人知人がいない自分にです。

頭に来すぎたので、ずっとこのことでイライラしていました。そして25歳の時にわたしはバイト募集雑誌で「インターネット回線の説明員」と書いてある募集に応募したのです。「月収100万以上可」と書いてあったのでいろいろちょうどよかったのです。

面接に行くと、インターネットの知識を聞かれるのではなく

「女の人がやる仕事じゃないよ、完全歩合だから獲得できないとお給料はないんだよ、事務をやりなよ」

と言われました。わたしは

「どうしてもインターネットの説明がやりたい、どんな仕事内容だろうと構わない、事務の仕事をやる気は全くない、採用してください」

と半ば押し切る形で採用してもらいました。のちに知るのですが、この仕事は、マンションのオーナー様を探して、物件に光ファイバーの設備を取り付ける許可を得る営業の仕事でした。名簿も何もなく、ただ歩いて「小林マンション」があったら近所の小林さんの家をピンポンして「あのマンションのオーナー様ですか?」と聞いて許可をいただくのです。運がいいとマンションの最上階にオーナー様が住んでいることもあります。毎日毎日、ひたすらマンションのオーナー様に光ファイバーの説明をしていました。


最初のうちは、A4一枚のトークフローを棒読みしているだけだったのですが、それでも数打てば当たります。そのうち実際に光ファイバーの回線工事に立ち会うことが増えてきました。多いときは一週間で10件近く立ち合いました。まだ若いわたしは作業服で出かけていたので、工事の雑用を手伝わせてもらうこともありました。「こうやってインターネット回線を引くのか…」と設備から先に理解しました。

やがて仕事が増え、個人からの光ファイバー申し込みも受けるようになります。もちろん飛び込み営業で獲得するのです。その段階では、工事の説明とインターネット回線の具体的な使い方をトークフローに沿って説明していました。

そのうち、個人のお客様から「うまくネットがつながらない」と直接連絡をいただくことがありました。わたしはマニュアルを見ながら、あるいはコールセンターに電話をしながら、お客様のパソコンをネットにつなげました。トップページをヤフーにしたり、ちょっとした要望に応えることも増えていきました。


その後は法人の光電話サービス、ビジネスフォン販売、複合機の販売、IP電話による通信費削減コンサルまで仕事の幅を広げました。そのときにはもう、インターネットはわたしにとって「自分でどうとでもできる世界」になっていました。とても複雑で難しいけれど、工事に立ち会うところから参加してみたら、なんというか体がインターネットを理解したのです。日々新しい用語を覚えては現場で使っていたので、「わたしがインターネットのことでわからないことがあるわけない」と根拠のない自信がついたのもよかったのだと思います。わからないことを聞く仲間も、この会社で何人かできました。


その仕事は1年半でやめてしまいましたが、その直後、ためたお金でわたしはパソコンを買いました。お客さんが使っているパソコンをたくさん見ていたので、何を買えばいいのかはすぐわかりました。自分で選んだその1台を、自分で選んだ回線につなぎ、キャッシュバックなどの特典も上手に受け取って、私は念願のインターネットを手に入れました。




■2ちゃんねるばかり見てしまう

ご想像の通りですw わたしは2ちゃんねるに大ハマリして、自分がADHDではないかということも、ネットで知りました。(その後専門医による診断済み)

 

今まで使っていなかった分を取り戻すように、何もかもをネットで調べるようになりました。数年は、ネットサーフィンが楽しくて仕方がなかったです。

その後も、お金がなくなると派遣で光回線の販売員をやっていました。わたしはインターネットに対して恨みを持つところからスタートしましたが、実は今でも、携帯ショップで光回線の獲得をするのがメインの仕事です。わたしは、インターネットの仕事で食べているのです。


機械音痴で、インターネットにつなぐという意味すらわからなかったわたしが、ネットの専門員なんてバッチをつけてもう10年仕事をしているのですから、世の中わからないものです。





■わたしのリベンジ

インターネットに繋がらなくて悔しい思いをした気持ち、たぶん一生忘れません。新しいドアが開かなくてつらい気持ち。

その気持ちを払拭するために、わたしは人生の仕事の半分以上「インターネットの仕事」をしています。量販店であれど携帯ショップであれど、お客様が「ネットのことなんてわからん!」とさじを投げてしまわないように、ゆっくりと、簡単にやってみせるのです。最初は地図を見るだけでいい。次にマイクのボタンを押して検索窓を使ってみて。少しだけ手伝うから、お孫さんのかわいい写真をたくさん送ってもらって楽しんで。


「何がわからないのか、わからない」

その気持ち、わたしはきっと誰よりも理解できると思う。だから、面倒そうな顔しないでしっかり伝える。インターネットにつながることで世界は広がるっていうことを。


概算だけど、わたしを通じてインターネットの契約をしてくださったお客様は、5千人は超えていると思う。初期のフレッツ光から、他社光回線やルーター。また、タブレットを初めて使う人も含めたらたぶんもっといる。

11年間、わたしは「わからない」人にも「わかってる」人にも、それぞれに伝わるようにインターネットを勧め続けてきました。すごく地味なんですが、これがわたしなりのインターネットへのリベンジです。繋がらなくてひとりでさびしかったわたしの心を、目の前のお客さんの心を埋めることで少しずつ埋めている。




今、やっと言えます。わたしはインターネットが大好きです。





それじゃあ、また明日!


☆今日の過去記事☆

 

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