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接客業はつらいよ! かんどーのよもやま日記!

趣味はスポーツクラブでグループパワーに参加することと走ることです。仕事は接客業です。しばらく下ネタは封印します。

スイミングコーチをしていた頃の話

小話・小ネタ
 
 

 
こんにちは。寒いと出不精になる貫洞です。ぶっちゃけ冬は冬眠したいです。ムーミンだって冬眠するんだぜ?
 
 
 
駅の自動販売機に、あたたかい飲み物が増えた気がします。お茶とコーヒーのあたたかいのが目に入るようになりました。


冬に自販機を見ると必ず思い出す歌があります。
 
サビに行く前のBメロ聴いてください。1:08秒のとこの歌詞。

広瀬香美 promise
 
 
 
一部歌詞抜粋。
 
 
コーヒーの 自販機の“あったかい”押すたび
心に灯がともる 


…実はこの曲、わたしのトラウマソングです。





■スイミングコーチの仕事をしていた頃の話

この曲がヒットしていた頃、わたしはある町のスイミングスクールで、スイミングコーチのアルバイトをしていました。夜間の短大行きながらなので、年齢でいうと18とか19の頃です。処女でした。

当時は(今もだけど)みんなと仲良くすることが本当にできなくて、わたしには友達がいませんでした。でも、友達がいないことが恥ずかしくて、他のコーチに「昨日何してたの?」と聞かれたら「友達と買い物行きました!」とか嘘をついていました。本当はどこにも行っていないのに。
 
今ならわかるけど、その会話で大事なのは「友達と遊んだアピールをすること」じゃなくて「あなたは何をしていたの?」って聞き返して会話を楽しむことなんですよね。それに気づけずに、嘘を考えて嘘を言うだけのわたし。そんなわたしから人がどんどん離れていく。
 
 
嘘がばれると逃げるようにアルバイトを辞めて、また次のアルバイト先で新しい嘘をつく…その繰り返し。それしか人との関わり方がわかりませんでした。スイミングコーチも実は3カ所つとめました。2カ所はとても短期間でクビになってしまったのです。やっと見つけた3カ所目のスクールで、わたしは3回目の嘘をついていました。



スイミングコーチの人たちは全体的に若くて仲良しでした。グループの中で恋をしたりする、仲間みたいな感じ。当時のわたしは強く彼らに憧れました。仲間に入りたかった。一緒に笑ったり転がったり、してみたかったのです。


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わたしは流行りのテレビも観ていなくて(夜学だったから夜のテレビは観られない)、下ネタにもうまく反応できなくて、最初は優しかった人がどんどん冷たくなっていきました。お昼ご飯の時間がものすごく怖かった。誰かと一緒になっても、話せない状況が怖かったのです。初めて会う人は、義理でお話をしてくれるので、初めて会う人が休憩室にいると嬉しかった。何度も会っている女性社員は、ただ怖かった。(当時わたしは、何人かで談笑、というのがほとんどできませんでした。何人かいても、一人の人とだけ話す、マンツーマンが基本でした)


それでも経験者だったため、夏休みの短期スクールなどはわたしがメインで担当するクラスも持たせてもらえました。子どもにどんな風に声をかけるか、どんな風に指導するか、わたしなりに真剣に仕事に向き合っていました。水の中にいる時間は、自由でした。


しばらくたって、わたしと同じ年のアルバイトが新しく入ってきました。わたしよりも後に入った彼女は、すぐに女性社員に可愛いがられました。二人の会話を聞きながら食べるお昼ご飯は、みじめでした。その女の子はフリーターで、当初はわたしに対してとても丁寧に接してきたのに、女性社員がわたしと話さない空気を感じたのか、彼女もわたしを馬鹿にし、女性社員にばかり媚を売っていました。彼女は、そこの仲間に入ったようでした。
 
 
 
彼女は男のコーチとも自然に話していました。わたしは男のコーチとは、ほとんど話せませんでした。目を合わせるのもきつかったです。変な話ですが、男に免疫がなさすぎて、目が合っただけで好きになってしまうレベルで飢えていたのです。
 
 
男のコーチが上半身裸(水着だから当たり前なんだけど)で休憩室に入ってくるたびに、内心は話したいと思っているのに世間話すらうまくできない、地獄のような休憩の時間を過ごしました。人ってめんどくさい、ものを言わない性器だけが目の前にあればどんなに良いだろうと苦しみました。
 
わたしの妄想は、男の人と会話をしなくて済む、レ⚪︎プや林間(あえて誤変換)などの限られたシチュエーションに固まっていきました。変態です。孤独が、人を限定された嗜好へと導くことを知りました。
 
 
飲み会をやるから来なよ、と誘われたことがありました。ホワイトボードに名前がたくさん書いてあります。女性社員や、わたしより後に入った女の子の名前もありました。女性社員が
 
「来る?」
 
と聞いてきたので、わたしは怖くなって、
 
「はい、行きます」
 
と答えました。じゃあ当日着いたらここに電話して、と携帯電話らしい番号が書かれたメモを渡されました。
 
わたしは毎日、毎晩悩みました。飲み会に行けば仲良くなれるだろうか?   楽しいだろうか?   話せるだろうか?   どういう場所に行くのだろうか?   どんな風に座るのだろうか?   
 
 
結局、当日の、しかも飲み会が始まっているであろう時間まで悩み、電話ボックスから電話をしました。もしもーーし!   と元気のいい女の人の声。女性社員はとても機嫌が良いようでした。賑やかな声が受話器ごしに聞こえます。黄緑色の、ツンとつばのにおいがする公衆電話でわたしは「今日、行けなくなりました、あの、学校が遅くて、それで…」と早口で言いましたが、女性社員は「わかったー」と言って機嫌よく電話を切ってくれました。わたしは、約束を破りました。全身の力が抜けました。
 
 
 
 
この職場において、多分わたしより、女性社員や男性コーチ達の方がきつかったと思います。仕事場にどう扱っていいのかわからないキャラがいると邪魔なんですよね。なんていうか、気持ち悪いというか、落としどころがないんですよ。
 
 
嫌な奴でも無愛想でもいいから、貫洞さんはこういう人!   みたいにキャラが無いとダメ。
 
 
 
結局、誰にも挨拶をすることなく、一度も飲み会に参加することなく「学業に専念するため」という理由でここを退職しました。もう、わたしがメインで担当するクラスも無かったので、誰も困らないようでした。
 
 
 
 
今でも、塩素のにおいを嗅いだり、広瀬香美のpromise を聴くと、あの頃の記憶が蘇ってきます。温水プールのあたたかい床、コーチは二枚重ねで水着を着ること(なぜ二枚重ねしていたのかは未だに謎)、行けなかった飲み会。持て余すくらいの性欲。続かないアルバイト。
 
 



 
その後。
 

苦しみながらも「スイミングインストラクターをやっていた」というきれいな事実は、わたしの武器になりました。この経歴のおかげで、低学歴のわたしは様々な面接を突破できました。
 
学童保育のアルバイト、サマーキャンプの引率、元気さが求められる高時給のキャンペーン、青年海外協力隊、すべて「スイミングインストラクター」の経歴によって面接を突破したと実感しています。体も丈夫で人にものを教えるのが好きな人って、好感度が高いんですよね。タイミングよくランニングを始めていたので、程よく筋肉のついた体型も説得力を高めてくれました。


結論だけを言うと、スイミングコーチの仕事をやって本当に良かったと思っています。




今はこんなの着て、市民プールでたまに泳いでますー。
 

 


今更ですが、今日から3日間、自分で決めた「ネタ」をもとに更新してます。ネタに縛られすぎずに自由に書きたいなあと思ってます。

 

keisolutions.hatenablog.com

 



やっぱり「お題」に沿って書くと魔物と目が合いやすい気がする。ライフハック記事を目指して書いたんだけど、全然ライフハックにならない。「自販機の飲み物の入れ替え時期は10月から11月で気温が~」とか膨らませようとしたのに、なんか変な感じになった。(処女でした、のくだりで何かがふっきれた感はあった)



それじゃあ、また明日!



☆質問に答えるコーナー☆

最近ブコメで質問をいただくことがあるので、思い出したときに答えていきます。


Q.まだ新人は見つからないの?
A.見つかりません。。どなたかお仕事を探している方はぜひ。


Q.(虫の写真があるけど)美味しそう…とか思ってませんよね?
A.残念ながら、生の虫は美味しそうとは思えません。揚げた虫が食べたいです。 
 
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