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接客業はつらいよ! かんどーのよもやま日記!

趣味はスポーツクラブでグループパワーに参加することと走ることです。仕事は接客業です。しばらく下ネタは封印します。

死んでまでやるほどの仕事なんてこの世に無いぞ

生き方・働き方

 





こんにちは。仕事は接客業、趣味はマラソンと読書の貫洞です。


今日は、ちょっとまじめなことを書きますよ。お仕事の関係者の方は、あまりこの記事は役に立たないと思いますので、こちらとかの方がおすすめです! 好評をいただいているので、ぜひ読んでください!

接客ノウハウ 

keisolutions.hatenablog.com

 

keisolutions.hatenablog.com




では、本題です。



突然ですけど「なりたい自分」って描けますか? 1ヵ月後の自分、1年後の自分、10年後の自分。どんな人やモノに囲まれて、どんなライフスタイルで、どこに住んでいると思いますか? どんな働き方をしていますか?(あるいは働いていないですか?)




■あるアホの生活を紹介します

起業当初のわたしは、上記の「なりたい自分」を明確に打ち出して、それぞれを明確にイメージしていました。5年後、10年後に乗っている車の車種、着ている服のブランドまで決めていました。セルフブランディング、というやつです。もちろん仕事の内容も、当時のわたしなりに未来を想像し、考えていました。

ブログやFBでは顔出しが当たり前。いかに自分が充実しているかを見せたいから、自撮りした写真は加工してから載せるのが当たり前。(しわ消し、しみ消し、輪郭調整)

今風に言うと、「インスタジェニック(インスタ映えする)」な場所でしか写真は撮らない。写真を撮るためにそこへ行く。モノ消費でもコト消費でもない、ミエ消費ですな。…あほらし。




■○○さんとお会いして有意義な話をしてきました!(はあと)

かなり頑張っていたので、いろんな人から「会いたい」とオファーが来ました。登壇してくれというお誘いも。もちろん行きます。「こんな人と会って有意義なお話をしました(はあと)」ってFacebookにアップするために。

…それが、残念なくらい会話が盛り上がらないんですよ。。。登壇した場合は「君の話だけつまらないから聞かなかった」という意見をもらったことも。。。

もう人と会うことがつらくてつらくて。。話すことが何にも無くなっていきました。気の利いた切り返しをしようと考えてきた台本が、たまにハマって笑いを取れてホッとするくらい。でもな、それ即興やないんや。あらかじめ考えといたネタなんや。


その後も、とにかく「台本作り」を丹念に行い、あたかもリアルタイムで面白いことを話しているように見せようと必死で努力しました。2時間の会食に準備は倍の時間がかかっていたことも。それでもガチで会話のうまい人が主導権を取った場合には、一言も口を挟めないこともよくありました。

講師の仕事は全て断り、たくさんの人の前に出ることは避けました。初対面の人と会うことも、スタッフ面接以外は全て断ることに。


接客も話すことがなくてよく会話に詰まり、どこにも逃げ場がなくなってしまい、食事が取れなくなってしまいました。




■死にたくなった

そんな生活していたら、いつしか死にたくなっちゃいました。結構最近ですよ、ここ3年くらいの話です。食事が取れない「身体的具合の悪さ」から抜け出した2014年冬頃から、今度は精神的にズドンと来ました。接客の仕事をしている時間は楽しいのだけど、自分の会社に戻って事務的なことや会社の未来はどうするんだ的な話が出ると、心がずーんと重くなるのを感じました。逃げたい、逃げたい。現場以外すべてやめて、ただの現場スタッフに戻してくれたらまだやれるのに。会社の社長なんて荷が重い、重すぎる。

この頃から純文学と呼ばれる「坂口安吾」「太宰治」熱が過熱。「西村賢太」も読み始めました。鬱屈した自分の気持ちをどこに持っていけばいいのか、どんどん苦しくなっていきました。




■死ぬ準備をする

ある日、出かける用の服を全部ビニール袋に詰めてゴミに出し、バッグも亡命用のリュックサック以外全て捨ててしまいました。どこにどうやって捨てたのかも覚えていません。不法投棄はしていないはずです。近場のリサイクルショップにまとめて売ったかも。

ビジネス書も全部ブックオフに売りました。残ったのはTシャツとくたくたのスーツ、白シャツ。デスクの中も空っぽにして、携帯もオールリセットをかけてしまいました。(会社経営していて営業もしてるのに携帯のデータ全部消すって、完全に死ぬ準備です)

アル中は20代の頃にやっていて、断酒会に参加するレベルまで行ったので、お酒には逃げませんでした。薬も眠くなるだけだってわかってるし、アル中の後遺症で薬も麻酔もすごく効きにくいから断念。とにかく「さっさと死のう」と思ってました。

Facebookも利用解除して、それまで連絡を取っていた人たちとも連絡を取らないようになりました。最後の気力で頂いている仕事にはきちんと行っていたので、身辺整理していることは悟られなかったと思います。

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■死ぬ場所を探して


あとは死ぬ場所です。今まで行った場所で一番好きな場所にもう一回行ってそこで死のう、と思いました。思い出したのは

・JICAのボランティアで行ったインドネシア

ここだけでした。人生で楽しかったと思えた場所が、唯一ツアー以外で行った海外であることに軽く絶望しました。そのほかの場所は、何年過ごしてもわたしにとって楽しくなかったということになります。(ネガティブですみませんが、一番嫌いな場所は六本木と麻布十番です。できれば人生で二度と行きたくないです)


行く場所がここしかないことに軽い絶望を感じ、わたしの脳内にあることがひらめきました。

・死ぬ場所の下見に行く

いくらなんでも選択肢が一つというのはかわいそうすぎます。あとせめて2つか3つ、「また行きたい」と思える場所を自分につくってあげたい。だから

・6月にエアアジアでタイに行く
・8月にフィンランドに行く

この予定を入れました。かなり早期予約です。「予約入れておけばその日までは生きる希望がある」という無茶苦茶な理屈でかなり先の予約を取りました。ほぼ無意識でしたが、なかなか良い航空券とホテルが選べていました。うん。(お前こんな理由で海外行ったのか…と呆れている方もいるでしょうね、はい、そうなんです)





■タイに行った

タイ一人旅は、死にたいことなんて忘れるほどに楽しかったです。行ってすぐ訪れた寺院で心がキレイに浄化され、市街地を歩いている時は「この街で仕事ができないだろうか?」と純粋に考えていました。この街には神様がいる、だから大丈夫、という根拠の無い自信にあふれていました。

※先日の爆破事件のあったエラワン像も参拝しました。あの神様は一番人気の神様です。それを爆破するというやり方に、事件を知ってすぐ猛烈な怒りがわきました。


タイに行って帰ってきたら、それまで悩んでいたことや、死にたかったことがウソのように消えました。パスポートも落としたし、ぼったくりと生の会話をしたし、英語もタイ語も全然通じなくて、屋台でラーメン食べさせてもらえなかったこともあります。パスポートの時もラーメンの時も、ガッツリ怒鳴られました。「お前バカじゃないの!?」と。そのどちらの時も、わたしはニヤニヤしていたようです。本来の自分が戻ってきていることの方が、目の前の他人に怒鳴られることなどより、ずっと価値があったからです。生の体験ができる、ツアー以外の海外旅行ってこんなにも楽しいのか! 

「自分の人生を謳歌する」という言葉の意味を知った気がしました。

すべて自分で考えて、自分で選んで行動しました。見栄も外聞も関係ない。今日の自分が食べるために慣れない言語を話し、今日の時間を有意義に使いたくて動きました。肩書きなんて何の役にも立たない海外での一人行動は、自分の持っている本来の人間としての力が試されると思いました。

帰国する頃には「死にたい」という気持ちはきれいに消えて、海外でビジネスをやろう、という前向きな気持ちに変わっていました。





■死ぬのをやめて、気楽にかつポジティブに仕事をする

帰国後に待っていたのは、「こいつ、本気で8日間休みを取りやがった!」という空気でした。休みを取る社風を作る第一歩になったと思いました。みんなも海外一人旅すればいいのに。特に英語に抵抗がある人たち。5年後英語話せなくて仕事が無かったらみんなどうするんでしょうね? 

わたしはサービス業+英語でどうにか自分の仕事は取ってくる自信がありますが、車の免許も英語もダメな「純日本人」ばかり会社に残ってても仕方ないです。デザインとか経理とかの仕事は純日本人で大丈夫なんだけど、サービスはダメ。絶対英語必要になる。

うさぎカフェのスタッフさんも、これから訪れる外国人客の対応に向けて、スタッフ全員で英会話を習い始めたといいます。

この話はとても素敵ですので、良かったらリンク先読んでください!

ameblo.jp





■死ななくて済んだのは、きちんと休んだから


わたしは、死にたいほどに疲れる仕事を強いる会社がやりたくて起業したのではありません。迷い、時に間違えながらも歩んできて、5年かかって導き出した答えは「死んでまでやるほどの仕事など無い」ということです。

疲れたら休む。死にたくなるほど自分を追い詰めない。人が自分と同じことができないのは当たり前。違って当たり前。重要なのはどうやってその人の良いところを伸ばしていくか、ということです。

接客も、肩の力を抜いて目の前の人間を相手に自分という人間が応対するだけです。規則は守ってもルールで自分の力を抑える必要はない。時にはルールを越えていけ、と思います。

ルールは企業を守るもので、人は守ってくれない場合があります。人を守るのは、少しの余裕と協力です。そんな単純なことに気づけないままに接客をしていた自分を少し恥じるとともに、一人旅の効果と心に余裕のある自分の強さを実感しました。

 

 

 

■死んでまでやるほどの仕事なんて無い。絶対にない。
 
翻って、わたしは会社をやって、自分のお金をぜんぶぜんぶぜんぶ会社につぎ込んできました。見栄のためだけに動いて時間を浪費して、自分のやりたいことなんて全部封印してました。

でも、わたしが本当にやりたいことは、何者でもない自分として、ただ目の前に現れる新しい現実を、クリアな状態の自分の感性で感じること、ただそれだけでした。要は「元気な状態でほどほどに仕事する」ってことです。


書くまでもないことかもしれないけど、日本人、働き過ぎ。一日当たり、平均して11時間くらい仕事してますよね。プライベートに仕事のことを考えたりも、絶対するでしょ? わたしは自分の仕事好きだから、プライベートでも仕事のことを考えることは否定しません。でも、少し体調や心の調子が悪くなってくると、これがきついんだよね。

そうなっちゃう前に有給を取るとか、あるいはキャリア形成を「会社にしがみつくこと」以外に視野を広げて、とにかく「気持ちよく生きる」を考えたほうがいいと思いました。

元気で、仕事しましょうよ。



■さいごに

こんな記事書いて、いろんな人の心が離れていったらどうするんだ! と心配している方もいるでしょう。大丈夫です。わたしに対して過多な期待をしていた方の期待値を下げる効果があるだけです。もう、過多な期待している人もそろそろいないでしょう。等身大の自分で仕事をさせてもらってます。



リアルな零細企業の社長が死にたくなった話でした。
タイに行かなかったら死んでたぜ。あぶねー。
しょっぱなインドネシア行きのチケットを取って死にに行かなくてよかった。


死にたくなったら、お金借りまくってでも海外に一人で行っちゃったほうがいい。っていうかまず休め!





それじゃあ、また明日!

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